第207話 鎧の魔獣

「はい、はい。さっさと行きなさい」

 何度も頭を下げ、泣きながら礼を伝えるジーナに、ひらひらと手を振る男。

「マスターの邪魔だから、早くどっか行って」

 感情を乗せない、抑揚のない言葉で、リトが姉弟を急かす。

「東から連合軍が来ているので、そちらへ逃げれば、追ってはこないでしょう」

 なるべく帝国っぽい兵士のところへ逃げ込むように。とも伝える。

 抗う気概を見せた、姉弟を街から逃がすと、男は黙ってナイフを抜く。

 まっすぐ北へ向かう気で、迂回する気は端から男にはない。

 衛兵が邪魔なら、全て始末するだけだ。


 ナイフ一本での市街戦は得意な方だった。

 しかも相手の兵士は、アサルトライフルもRPGも持ってない。

 戦車も爆撃機も戦闘ヘリもない。

 そんな最先端の部隊と比べれば、多少、数が居た所で楽なものだ。

 そう考える事で、やれば出来ると、自分に必死に言い聞かせる。


 注釈

 戦車くらいは、この世界にもあるかもしれません。

 しかし、ここで言う戦車は鉄の塊で、キャタピラで大砲を積んだ戦車です。

 現代で、ほぼ一般的なイメージの戦車です。

 トラックのような物でも、ミサイルを積んだものでもなく、この文明でも存在するであろう、馬でひくベンハーな感じの戦車ではありません。

 RPGもロールプレイングゲームの略ではありません。

 念の為。


「行くぞ」

「あい」

 リトは二人だけで、衛兵の掃討を出来ると、疑いもしない。

 一瞬の躊躇もなく、返事と共に、淀みなく動き出す。

 家の中へ、建物の影へ、物陰へ滑り込み、潜み移動する。

 物音も息遣いも、気配すらなく、忍び寄る男とリト。

 逆らう者は居ないと、思い込んでいる衛兵は、隙だらけだった。

 一人、また一人、音もなく、呻き声すらなく倒れていく。

 彼等衛兵が、襲撃されている事に気付いた時は、残り三人になっていた。


 街の中心、大通りが十字に交差する、噴水のある広場。

 そこに集まった、三人の生き残った衛兵。

「お~い! 誰かいないかぁ!」

「ちっ、どこへいっちまったんだ」

「まさか、全員やられたのか?」

 他の誰にも会わない事に気付いた、三人の衛兵が集まり叫ぶ。

 街の中心で叫ぶ衛兵に、答える者はいない。

 他の街からも集まっていたのか、男の予想以上に居た衛兵は27名。

 三人を残して全員が、僅かな時間で消えていた。


 音もなく仕留めた死体は、路地裏や民家へ隠されていた。

 まだ死体を見つけた訳ではないので、襲撃だと確信した訳でもなかった。

 自分達が好き勝手に暴れた所為で、血痕があっても気にならなかった。

「もしかして夢中になりすぎて、置いていかれたか?」

 襲撃が確定していないのと、仲間が多かった所為もあったのだろう。

 街中とはいえ、自分達で人を減らし、周囲の警戒もしていなかった。

 そんな中で不用意に、大声をあげてしまった。

 そもそも、何故自分達が居たのか。

 何から街を護っていたのか。

 急な開戦で混乱してしまい、大事な、当たり前な事を忘れていた。

 彼等はソレを思い出す。

 目の前に現れたソレが、大事な事を思い出させた。


「なんだあれ。リト、知ってるか?」

 生き残った衛兵を、物陰から見ていた男が囁く。

 男の隣でリトが頷く。

「シチトンセナト。肉食の魔獣。硬いけど、スープにするとおいしい」

 魔獣を見て、よだれを垂らす幼女。

「お、おう、そうか」

 獣人にとっては食料なのかもしれないが、人にとっては危険な獣だろう。

 比較的、体格の良い三人の衛兵よりも、頭一つ、いや二つ分は大きい。

 油断していた衛兵の、すぐ目前まで忍び寄っていた魔獣が、後ろ足で立ち上がる。

 どこから、どう見ても。

 その魔獣は、男にはアルマジロに見えた。

 体長2m以上のアルマジロは肉食らしい。

「まぁ、草食ではないか」

 男の知っているアルマジロも、虫を食べていた。


 意外と人に懐きやすく、ペットに向いているとかいないとか。

 スープにすると美味しい、との噂もあるアルマジロです。

 種類にもよりますが、だいたい40万円前後。高いものだと70万以上します。

 少し、お高くなっておりますが、近くで見ると結構カワイイです。

 この機会に一匹いかがでしょうか。

 恐らく、人を食べたりはしないと思います。


 魔獣が太い腕を振ると、衛兵が一人飛んでいった。

 硬い鉄の鎧がひしゃげ、脇の民家へ飛び込んだ。

 中で倒れた衛兵は、痛みも感じていないのか、虚ろな目で血を吐いていた。

 もう、助かりそうにない。

 仲間が犠牲になっても、反応できない衛兵たち。

 そこへ魔獣の腕が、鋭く大きな爪が振り下ろされる。

 魔獣の爪が深く衛兵の頭へ沈み、頭を首を叩き、圧し潰す。

 頭、だったものが輪切りに裂け、深く胸の中へ沈んだ衛兵が、声もなく倒れる。

「ひっ……ひぃ!」

 二人やられて、やっと反応を見せる生き残り。

 嗤いながら、無抵抗の人々を切り殺していた衛兵が、恐怖に竦んでいた。

 涎の垂れる口を大きく開け、最後の衛兵の頭からかぶりついた。

 鋭い牙が並ぶ魔獣の口が、すっぽりと頭を咥えて嚙み潰す。

 ビクン! っと、震えるように痙攣しただけで、衛兵は動かなくなる。


「やれやれ。面倒なのが増えちまったな」

「大丈夫。群れで暮らす奴じゃないから」

「そうか。それじゃ、早いとこ始末して逃げるかね」

 他のモンスターが集まってきたら面倒だ。

 男は諦めて魔獣を倒すため、衛兵の死体から剣を抜いた。

 特別な物ではないが、粗末な物でもなかった。

 衛兵の支給品、の剣を魔獣に向ける。

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