第206話 護るもの

 正体も知らされず、ある女性の護送を依頼された。

 いや、ほぼ命令された。

 よくある、ゲリラとの内戦が続く政府。

 そんな政府からの依頼なら、碌な物ではない。

 しかし、それでも受けるのが底辺の傭兵、外人部隊だ。

 色々な国の傭兵の寄せ集め。

 人として出来損ないの詰め合わせだ。

 怪しい仕事でも、なんでもやるしかない。

 もしかしたら死に場所を探している、それだけなのかも知れない。


 女性を護衛して、ジャングルを抜ける。

 どこか思い詰めたような表情で、何も話さない女性。

 もう少しで政府の勢力内。

 町へ入る手前、ゲリラにしたら最後のポイント。

 崩れかけた三階建てのビル。

 廃墟の中へ追い詰められ、ゲリラに囲まれた傭兵たち。

 一人、また一人、倒れる傭兵たち。

 使い捨ての傭兵に降伏はない。

 最後の一人となっても、生き残る為に戦うしかない。


 そんな絶望的な状況で、女性を庇い立つ男。

 銃弾も僅かになったところで、背に軽い衝撃と焼けるような痛みがはしる。

 腰に抱き着くように、護衛対象の女性が居た。

 振りほどくと、男の腰にはナイフが刺さっていた。

「私は行けない。やっぱり……行けない」

 男を刺した女性は、ぼそぼそとつぶやく。

 その目は狂気に染まり、まともな状態ではなかった。

 護るべき相手だと、油断していた。

 そんな自分が笑えて来る。

 軽くもない怪我をして、ゲリラに囲まれ、護衛も失敗だろう。

 そんな状況で、男の口元が緩んでいた。


 若い頃の間抜けな記憶。

 そんな、どうでもいい事を思い出しながら、男は燃える町を見ていた。

 あの時とは逆かもしれないが、似たような状況。


 護るべき相手に刺された男。

 護るべき相手を襲う衛兵たち。

 護って貰えるものだと信じ切って、疑いもしなかったのだろう。

 驚きと絶望に歪む住民の表情は、密林のあの時を思い出させる。


 裏切られたと思っている者もいるのだろう。

 必死に逃げ惑う、その姿は滑稽であった。

 何故、生き残ろうと、足掻く事をしないのか。

 男は、どんな絶望的な状況からも、一人生還してきた。


 諦めさえしなければ、死ぬまで足掻けば、生き残る道もあるだろうに。

 そんな男の視界に、抗う者が立つ。

 男はその気概を見たくて、彼の足元へ胸の投げナイフを放った。


 倒れ震えるジーナの前に立ったのは、男は男でも、まだ幼い子供だった。

 ジーナの前に立ち塞がる少年の足元に、男のナイフが突き立つ。

 少年はためらう事なく、視界に入ったナイフを掴んで、衛兵へ向けた。

「ピエトロ! 何してるの! 逃げなさい。早く逃げてっ!」

 震えるだけだったジーナが、飛び起きて少年を抱きしめる。


「姉ちゃんに手を出すな!」

 必死に後ろに庇うジーナの背から、ピエトロが叫ぶ。

 ただ一人の姉の為、飛び出してきた少年。

 恐怖に震えるだけだった女性も、弟の為、身を挺して庇おうとする。


「ひゃははっ。お前らに何が出来るってんだ。大人しくしていりゃ、殺すのは後にしてやるぞ。俺は姉ちゃんに用があるんだ。ボウズはあっちで大人しくしてな」

 ジーナの前に出ようとするピエトロの顔に、猿顔の足が伸びる。

「あぐっ! うぅ……この子だけは、見逃して下さい」

「姉ちゃん! くそぉ、殺してやる。お前、許さないぞ!」

 自分の身体で衛兵の蹴りを受け止め、少年を庇い、許しを請うジーナ。

 姉を傷つけられ、吠えるピエトロ少年。


「ちっ。めんどくせな」

 笑っていた猿顔の男から、笑いが消える。

 面倒くさくなったようだ。

 黙って腰の剣を抜く。


「まぁ、いいでしょう。その気概は大切です」

 男が一人、割り込んで来た。

「なんだぁ? こんなとこに、なんの用だ」

 お国柄、巡礼者以外の旅人は殆どいない。

 見るからに異国の人間である男は、不審どころではなかった。


「助けてやる義理はありませんが、助かる為に足掻く者なら手助けくらいはね」

 お互いを庇い、生き延びさせようとする二人。

 そんな意地が、無関心だった筈の男を動かしたようだ。

 頭一つ以上に身長差のある男と衛兵。

 腰に細身の剣を差した男に向かって、衛兵は剣を振り下ろす。


 頭を真っ二つに割り裂いて、さっさと姉弟を痛めつけるつもりだった。

 泣き叫ぶ者を痛めつけ、無慈悲に殺すのは、堪らない快感だった。

 猿顔の衛兵は、捕まえた犯罪者を、痛めつけるのも好きだった。


 見た事のない格好の男を殺し、泣きわめく娘を、ゆっくりと殺そう。

 そんな事を考えながら、頬が緩み、ニヤニヤといやらしく嗤う。

 衛兵が振り下ろす腕が途中で止まり、何が起きたのか分からないまま、目の前の景色がぐるんと急速にまわる。


 静かに素早く、大きく踏み出した男の右足が、滑るように兵士の後ろへ。

 振り下ろされる衛兵の右腕を、右肩で突き上げ、外から、衛兵の後ろから右腕を回して、剣を持つ手首を掴む。

 そのまま引き上げ、右腕をめたまま、衛兵の背後へ擦り寄る男。


 腕を極められ仰け反る衛兵を、男は腰で跳ね上げ投げる。

 ぽぉんと、跳ねあがる衛兵の巨体。

 極められた腕を引かれ、頭から真っ逆さまに落ちる。

 その時には、男の身体は反転していた。

 その背に落ちて来る巨体の脚を左手で掴み、下へ向け体重を掛ける。


 着地の瞬間、延髄に足刀が刺さる。

 首の後ろを蹴られた衛兵の頭が、反動で大きく後ろへ反りかえる。

 顔で全体重を受け止め、衛兵が地面へ、縦に突き刺さる。

 ピクピクと痙攣を繰り返しただけで、すぐに衛兵は動かなくなった。


「さて……町一つ相手にするのもなぁ。どうするか」

 町ひとつ護る衛兵を、一人で相手にする事になりそうだ。

 そこまでは考えていなかった男が、さして困った様子もなく姉弟を見下ろす。

 何が起きたのか分からず、抱き合ったまま見上げる姉弟だった。

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