第205話 呻く者共

「凄いものですね。あれが帝国の信仰する神ですか」

 真語魔法を目にしたエミールが、隣に立つヨシュアに声を掛ける。

「あれは剣と同じ、神と呼んでいる力であり武器だ。信仰とは違うな」

 腰に吊った佩剣を軽く叩き、帝国将軍ヨシュアが答えた。

「凄まじい威力ですが、犠牲も大きいようですね」

「あんな犠牲を強いる者を信仰なんぞ……出来れば禁じたいくらいだ」

 真語魔法術師に志願するのは、力のない家の次男、三男が多い。

 誰でもなれるものではないが、その魔法を身につければ、少なくとも虐げられる事はなく、生活も保証される。

 術を行使した後、残された家族の生活も、国に保証されていた。

 命懸けではあっても、ある程度の志願者は続き、その『神』と呼ばれる力は、国も軍部としても、簡単に捨てられるものではなかった。


 戦場に集まり、祈りを捧げていた民衆が、兵士と共に立ち上がり出す。

 評議国の兵の一部も、法国の兵や民衆と共に立ち、連合軍へ向かって歩き出す。

「え……な、なんで……ひぎゃあぁ!」

「や、やめて……ひぃぃっ!」

「た、たすけて、ぐぶぁあっ」

 ゆっくりと歩む人々の後方で、おかしな悲鳴があがっていた。

 悲鳴があがる度に、連合軍へ向かう人数が増えていく。


「なんだ、なんだ? どうなっているんだ」

「裏切ったのか?」

「様子がおかしいぞ?」

「なんで、あの怪我で動けるんだ」

 千切れかけた腕の兵士、骨まで見えている脚を引き摺る民、虚ろな目と、だらしなくほうけたように開いた口。

 そんな尋常でない状態の人々が、ゆっくりと連合軍へ迫る。

 目の前で死体が蘇り、動き出す様を見た兵達が、動揺して騒ぎ出す。

 襲われ噛まれた者は、動く死体の仲間入りをしていく。

 今まで隣に居た、仲間の、友人の姿に、躊躇なく攻撃できる者は少ない。

 集めた兵の数が圧倒的な連合軍だけに、一度パニックになれば一気に崩壊する。


 神聖な光の神を信仰する国、統一宗教国家、法国に突如湧くリビングデッド。

 対極とも思えるアンデッドを、使役する者がいるのだろうか。

 天使を呼び出した法国の指揮官たちも、予期せぬ事態だったのか、突然のアンデッドに対処できず、囲まれてちぎられ、群がったアンデッドたちに喰われていった。

 生き残っていた法国の兵達が、次々とアンデッドになり虚ろな列に加わっていく。


 王国の兵は、傭兵と農民であった。

 傭兵はまだしも、農民は眼前に迫るアンデッドの群れに、恐慌状態寸前だった。

 特別仲間意識の高い評議国の兵も、動き出した仲間の死体に攻撃できずにいた。

 逃げ出しはしないまでも、帝国兵も動揺を隠せない。

 なんとか先頭に立つロビンの鼓舞で、戦場にとどまっていた。

 動く死体の群れと戦えているのは、傭兵王国の軍くらいだった。

 次々と増えていくアンデッドの群れに、連合軍はじりじりと押し返されていく。


「不味いな」

 戦場を見渡す天幕前の司令部。

 傭兵王国のカミュが撤退すら考える。

「なんだこれは……呪いなのか」

「これが光の神の力なのか。やつらは、こんなものを信仰しているのか」

 評議国の首長たちも慌てている。

 王国の宰相エミールと、帝国の将軍ヨシュアが顔を見合わせる。

「これですか……」

「先見の魔女……恐ろしいものだな」

 どこまで視えているのか、魔女と呼ばれる女性の恐ろしさを知り、エミールもヨシュアも、恐怖と安堵の混じった表情で呟く。


 困ったときの為にと、渡された宝珠。

 王国公爵の事務官に渡された、宝珠が光り輝く。

 戦場を神聖な結界が包み、動き出した死体が浄化されていく。

 壊滅の危機を、たった一つの小さな珠が解決する。

 低位のアンデッドだけだったようで、群れは光の粒となり消えていった。

 危機を乗り越えた連合軍は、隊列を整え、西へ進軍を始める。


 その少し前、戦場よりも西。

 神殿の南方、南の海岸へも近い街で、大規模な略奪が行われていた。

 火の手もあがり、怒号、悲鳴が聞こえる。

 泣き叫ぶ声に笑い声がかぶる。

 街を護る衛兵はどこにいったのだろうか。

 衛兵の死体も、抵抗の後もない。


 連合軍の進軍が、この街の未来を変えていた。

 全てに絶望し、諦めた略奪者。

 街を護るべき衛兵たちが、護る対象である街から略奪していた。

 好き勝手に暴れ、国を脱出するつもりでいるようだ。

 金目のものを奪い、食べ物を奪い、意味もなく人を殺す。

 笑いながら街の人々を殺して歩き、女性を襲って回る衛兵たち。

 国の出入り口に、その連合軍の大軍がいるので、どこにも逃げられはしない。

 そんな事にも気付かず、街の全てを、命をも略奪していた。


「逃げるんだジーナ!」

「ひゃははっ、逃がさねぇよぉ」

 若い男性が若い女性に叫ぶ。

 後ろから追う衛兵の槍が、その男性の背を貫いた。

「あぁっ!」

 恋人でもあったのだろうか、男性が刺される姿に振り向き、女性が脚をもつれさせて転び倒れてしまう。


 鎧と服の間から、腕毛も胸毛もワサワサもっさぁっと、溢れさせる元衛兵。

 大柄な猿顔の、ヒヒのような男が笑いながら、倒れた女性へ迫る。

「ひゃっはっはっは。もう逃げねぇのかぁ?」

 猿顔が、いやらしく笑いながら、倒れた女性に視線を這わせる。

「ひっ……やっ……た、たすけて」

 震える女性は、逃げるどころか立ち上がる事も出来なかった。

 そこへ一人の男が飛び込む。

 震える女性と猿衛兵の間に入り、女性を庇うように立ちはだかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る