第204話 絶対正義

 最前線で法国の軍を蹂躙する、評議国の怒れる戦士たち。

 その大軍が空を飛ぶ。

 まるで子供が投げ捨てた玩具のように。

 まるで風に舞い散る木の葉のように。

 壊滅、殲滅寸前の法国軍だったが、司令官は最後の切り札を使った。

 白く光り輝く猛禽類の翼。

 鋼の鎧兜を纏い、突撃槍ランスを手にした戦士。

 男か女か、中性的な顔立ちだが感情を感じさせない。

 開いた口から歌が流れる。

 聞き取れる言語ではないが、その調べは歌に聞こえる。

 それを聞いた者には、神の奇跡が起こる。

 視力を失い、立ち上がる力さえ失い、呻き声さえ漏れない。

 奇跡の歌声が周囲のをも止める。

 己のみの絶対的な信念。

 彼は、彼等、彼女等は己だけの正義を振りかざす狂信者。

 いや、狂信者を導く者。

 神の意志を伝える者。

 天使。

 輝く二枚の翼を持った、四体の天使が評議国の戦士達を蹴散らしていく。


 その背の翼が増えるほど上位の天使だとされていた。

 法国の司令官が呼び出した天使は、二枚の翼をもつ最下級の天使だった。

 それでも人の力では、簡単に抵抗できない存在だった。

 さらに戦場へ、兵士以外の人々が集まってくる。

 まわりの町、村、集落から戦場へ法国の民が集まる。

 天使の姿に跪き、戦場で祈りを捧げる。

 民の祈りが天使の力となるかのように、さらに天使達は力強く暴れる。

 戦場を文字通り飛び回る天使と、ひたすらに祈りを捧げる民。

 理解できない状況に、連合軍が乱れる。


「こんな事もあろうかと、先見の魔女から、策をあずかってます」

 この状況を打破するべく、エミールが動く。

 公爵シモンの事務官。

 先見の魔女と呼ばれるセリーヌから、アイテムを受け取っていた。

 掌大の箱を開けると、危機的状況で使え、と渡された道具がそこに。

 意匠を凝らした銀の台座に乗った、淡くひかる白い宝珠。

「それが、あの魔女の用意したアイテムですか」

 帝国にも、セリーヌの異名は届いていたようだ。

 将軍ヨシュアも興味を持ったようで、宝珠を覗き込む。

「ただ、これが何かは聞いていないのですよ」

 使用法すら知らない、謎のアイテムを持たされていた。

 弄ばれているのではなかろうか。


「これは結界を張る道具のようですね」

 魔法の知識がある者達が集まり、道具を解析して効果が判明した。

「聖なる結界を、かなり広範囲に張れます」

「この戦場くらいは、楽に包み込めるでしょう」

「結界内では、闇の眷属は生きていけないでしょうな」

「魔族やアンデッドは動きを止め、浄化されるでしょう」

 内部の魔の眷属を浄化する、結界装置らしい。

 エミールが、疑問を一つ投げかける。

「その結界内で、天使はどうなると思います?」

 集まった者達は俯き答える。

「彼等は光の属性なので……強化されるでしょう……逆効果です」

 まさかの取って置きだった。


「まぁ、仕方がない。ロビン!」

「はっ!」

「天使を討て」

「お任せを」

 将軍ヨシュアの命に、副官ロビンが躊躇なく答える。

 ロビンが大剣を手に、帝国兵を率いて出陣する。


「天使を討つぞ! 続けぇ!」

「「「おおぉーっ!」」」

 雄叫びをあげ、帝国兵が戦場を駆ける。

 黒鹿毛の戦馬に跨り、先頭を駆けるロビン。

 掛け声が『行け』でなく『続け』な処に、帝国の狂気を感じる。

「うちも負けられねぇな」

 傭兵王国の国王カミュが、側近へ指示を出す。

 傭兵王国の精鋭、元傭兵団も天使を目指して出撃した。


「お前らが神の使いなら、こちらは神の力だ。見せつけてやれ!」

 ロビンが天使に吠える。

 帝国真語魔術師が二人、ロビンの前へ飛び出す。

「お任せを。神の王に跪けぇ! フーム!」

 真語を唱えた魔術師の身体が爆ぜる。

 その身を犠牲に、神の叱咤が天使を襲う。

 天空を飛ぶ天使が、突如地面に叩きつけられた。

 まるで大地に吸いつけられるかのように、起き上がる事すら出来ない。

 そこへグレートソードを抜いた、帝国兵が殺到する。

 動けないまま数百の大剣で、地面に縫い付けられる天使。


「神の一撃を受けよ。ヴェーダ!」

 もう一人の術師が真語を口にすると、その胸に穴が空く。

 まるで何かに撃ち抜かれたかのように。

 空を飛ぶ天使も、見えない何かに撃ち抜かれる。

 その真っ白な翼が捥がれ、空に飛び散った。

 翼を捥がれた天使が、無様に地に墜ちる。

「立ち上がる間なんぞ与えん!」

 疾駆するロビンが、両手剣ツヴァイハンダーを振り下ろす。

 抵抗する間もなく、ロビンの一刀が、天使の首を切り落とした。

 何の躊躇もみせず、自らの命を捨てる、真語魔術師たち。

 どちらが狂信者なのか分からない、狂気の帝国兵だった。


「一匹くらい仕留めねぇと、どやされんぞぉ」

 傭兵団から、クロスボウを持った一隊が天使を狙う。

 魔力を込めたクォレルが、次々と放たれる。

 空を飛びまわる天使に、突き刺さった矢が、炎を撒き散らす。

 一瞬で無数の矢が、天使を炎に包んだ。

 燃えながら落ちる天使に、傭兵たちが群がる。

 地面を転がり、火が消える間もなく切り刻まれる。

 傭兵に囲まれ、動かなくなった天使が、ゆっくりと燃えていた。


「怯むなぁ! 戦士は怯まない! 撃ち落とせぇ!」

 評議国の戦士たちが、戦意を取り戻す。

 一人一人は天使に敵わなくても、百万単位の数が天使に立ち向かう。

 渾身の力を込めた槍が、大気を裂き天を衝く。

 数百万の槍が空の天使へ、避ける隙間すらなく投げ撃たれる。

 魔族の纏う魔力のように、天使も周囲を囲むバリアがある。

 それを数の暴力が、正面から打ち破った。

 次々と貫いていく槍が、天使を細かな肉片へ変える。


 天使の力をも打ち破り、連合軍が戦場を支配する。

 集まった民衆が絶望にうちひしがれる。

 そんな民衆に法国の兵士達が、ゆっくりと歩み寄っていった。

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