第203話 聖女?

 約二千万、大陸一の人口を誇る、最北の評議国。

 邪教徒の暗躍から、同士討ちで百万近い戦士を失った。

 それでも残る戦士は約700万、全てが怒りに燃えていた。

 評議国に残る、ほぼ全軍が、今回の遠征に参加していた。


 元々、ほぼ全ての国民が戦士、という国。

 赤子と妊婦と寝たきり老人以外、殆どの国民が戦える国だった。

 怒り狂う700万の群衆、全てが戦士だ。


 歳も男女の区別なく、ワラのような草を束ねた腰巻一つ。

 裸の上半身、その首には、動物の骨と革紐で作ったペンダント。

 細長いアーモンド型の盾に、しなる細く長い槍。

 体中には赤と青と黄色のペイントがあった。


 しかし、それだけだ。

 半裸に盾に、槍一本。

 それだけで戦場に立つ戦士たち。

 それでも数千しかいない、法国軍を相手に圧倒する。


 一人一人の力量、武器の性能も関係ない。

 圧倒的な数の暴力だった。

 為す術なく700万の人波に、飲み込まれる法国の兵士たち。

 どんな鎧も盾も剣も槍も、圧倒的な物量には対抗できなかった。


 本来は『しな』ですが、最近は『しなる』が流行っているそうなので、流行に乗って『撓る』表記を使っております。

 これも慣用読みというのでしょうか。

 気になる方もおられるかと思いますが、これも時代の流れと笑ってください。


 大陸西側にはギルドの冒険者、狩人たちが到着していた。

 運良く大型の魔物には出会わなかった。

 こちらはギルド長マルクスが自ら率いていた。

「行くぞ! 目立って注意を引き付けるのが仕事だ。思う存分暴れろぉ」

「「「おおぉー!」」」


 雄叫びと怒号と共に、戦士たちが上陸していく。

 約二千の僧兵が、鉄の鎧に身を固めて迎え撃つ。

 誰よりも早く、速く飛び込む、白く輝く鎧の剣士。

 閃光がはしり、鉄の鎧ごと僧兵を切り伏せていく。

「派手に暴れて目立てば、死傷者が少なく済む筈。あの人も仕事がしやすい」

 敵も味方も、少しでも犠牲を少なく。

 戦場でも、そんな甘さを捨てないS級、ミハイルが暴れていた。


「ふわぁ~凄いねぇ」

「流石Sランクだよなぁ」

「ほら、ぼぉっとしてないで! 仕事仕事」

 シアが手を叩き、トムイとカムラを急かす。

「おっと、そうだった」

「大事な任務を、任されてたんだったね」

 カムラたち三人には、特別任務があった。


 ここから東北に進んだところに、神殿絡みの施設がある。

 そこには危険な兵器や、強力な戦闘部隊がいるらしい。

 彼等三人は先行し、そこを急襲、無力化する事を任されていた。

 軍にとって危険な部隊や兵器を、子供三人でどうにかしろ。

 そんな無茶な指示に、何も疑わず従う三人。

 師と仰ぐ者に毒されたのか、感化されたのか。

 その施設には暗殺部隊、祭祀と呼ばれるジュゼッペが待っていた。

 そんな事は知らず、三人は部隊を離れて北へ向かう。


 東西で大規模戦闘が始まった頃、リトを連れた男は……まだ浜辺にいた。

 6人の戦士を連れた若い女性が、北へ向かう道に立ちはだかる。

「待っていましたよ。ふふふ……貴方が来る事は分かっていたのです」

 真っ白で値の張りそうな、絹のローブ姿で勝ち誇る女性。


「あの~、旅の者なのですが、誰かとお間違えでは?」

 とぼける男に笑った彼女が得意げに話し出す。

ワタクシは聖女アーシア。展望のアーシアよ。私が神様から授かった権能は、この見通す力。調子が良ければ少し先の時間、未来さえ見えるのよ! 貴方がここを通るのを知って、こうして待っていたのです。これで私の手柄ね」


 ロレーナ以外の三人の聖女は万能ではなく、(ちょっとした)奇跡の力を与えられているだけの、巫女のような女性であった。

 彼女アーシアは、遠方を見る事が出来る力。

 調子が良い日は、数時間先の未来を見る事も出来た。

 半日ほどの長い祈りが必要で、望むものが見られる訳でもない。

 いたずらに何かを、神に見せつけられるだけ。

 そんな、あまり羨ましくもない能力だった。


「……はぁ、そうですか」

 どうやら聖女全てが、ロレーナのような者ではなさそうだ。

 呆れながらも、少しホッとした男だった。

 神そのもののような、ロレーナ4人を相手にしたら勝ち目がない。

「貴方を捕らえる為に待ち構えていたのです。罠にかかった気分はどぉですかっ」

「はぁ、もう少し人数を、連れて来れなかったのですか?」

 特別、強そうにも見えない、兵士にも見えない戦士が六人。


「はぁ? 貴方バカですの? 人数を増やしたら、私の手柄に出来ないじゃありませんか。何の為にこんなとこまで来たと思ってますの? さぁ大人しく、私が大聖女になる踏み台となりなさい」

「なるほど。分かり易くて助かる。なら、犠牲になる覚悟もある訳だな」

 おどけていた男の目の色が、光りが変わる。


 だが、細い目の中の光りに、気付く者はいない。

 噴き出す殺意を、感じ取る事も出来ない、凡庸な女と戦士たち。

 男とリト。二人を相手に、のんびりと話し込んで、生き残れる筈もない。

 既に背後に回ったリトが、鎧の隙間にナイフを通していく。

 勝ち誇る聖女の後ろで、戦士たちがバタバタと倒れていった。


「は?」

 その音に後ろを振り向き、何が起きたのか理解できない聖女アーシア。

 そこへ一閃。

 何も理解できないままアーシアは、首筋を切り裂かれて倒れた。

「無駄な時間を取られたな。とどめを刺したら少し急ぐか」

「うぃ~」


 聖女を切ったナイフで、動けない戦士の首も切り裂いていく。

 こんなところでのんびりと、刀の手入れをしている訳にもいかない。

 刀は抜かず、投げナイフだけで彼等を始末した。

 聖女の白かったローブでナイフを拭い、男はリトを連れて首都を目指す。

「やっぱり注意するのは、ロレーナくらいか?」


 誰かの面影を残す大聖女ロレーナ。

 男は、彼女が敵に回れば、刃を向けるつもりなのだろうか。

 非情な男が護るのは、ロレーナかリトなのか。

 聖女が、死と混乱の神の力によって、幽閉されているのを知らない男。

 二人は出会い、争うのだろうか。

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