第202話 宣戦布告
「我々は法国に対して宣戦布告しました」
エミールが諸侯へ向けて宣言する。
捕らえた教団幹部の情報から、法国のかなり上部まで関係があった。
国が邪教徒を匿っていた事にもなる。
国ぐるみでテロ行為を行っていた事になった。
大陸の法国以外、王国、帝国、評議国、傭兵王国は法国殲滅に合意する。
各国でテロとも言える行為を繰り返した邪教徒。
彼等への報復として、連合軍が進軍する。
表向きは戦争だ。
しかし教団は別にして、統一された宗教で纏まった国だ。
国民全てが狂信者、とまではいかないが、信仰のない他国にとっては恐怖の対象であり、理解できない存在の集まりであった。
出来ることなら、相手にしたくない。
それが兵士たちの素直な気持ちだった。
確かに、信仰を拠り所に生きる人々を、相手にするのは面倒だったりはする。
大軍で攻め込み、意識を、注意をひきつける。
その隙に潜入し、教団を壊滅させる。
それが男に依頼された任務だった。
法国は神殿と呼ばれる、城を首都に持っている。
なんと教団の本部は、その神殿内にあると判明した。
リトを連れた男は、船で法国南側から上陸して神殿を目指す。
法国ほぼ中央の神殿へ、リトだけを連れて男が潜入する。
東からは連合軍が攻め込み、派手に注意を引く。
ギルドは反対の西側から上陸して、こちらへも注意を引く。
東西へ兵を出させ、空いた中央へ男が潜入する作戦だった。
どんな神や悪魔が、召喚されるかわからない。
要は捨て駒、敵戦力を暴く為の先遣隊が、実際には男の役目だ。
と、いう建前で、男の単騎潜入が認められた。
「何故こんな目に……」
家でのんびりと、肉球を触って過ごしたい男が、悲しげに呟く。
各国、それぞれの思惑渦巻く中、またしても一人……いや、二人きりで中枢へ。
改めて、法国は人口約600万、軍人約1万人の宗教国家だ。
光の神と呼ぶナニカを、国民全てが信仰する怖い国だ。
北の山脈を越えた皇国と違い、気候は温暖で山と海に囲まれた平原が広がる。
暮らしやすい豊かな国だった。
国のトップは法王マヌエル。
相談役として、枢機卿と呼ばれる三人がいる。
ジョルジョ、ロレンツィオ、レオナルドの三人だ。
続く役職は他国の宰相に相当する大司教で、現在はサンドロという老人だった。
他国の大臣のような役職として、司教と呼ばれるものがいる。
多い時代には20人近く居た事もあるらしいが、大分縮小されていた。
現在はラファエル、フランシスコ、モニカの三人だけだった。
これらは神の意志で選ばれる。と、されていた。
法王が神の託宣を受けて決定している。
法王の独断で決める事も、出来なくはないかもしれない。
異を唱える事が出来るのは、大聖女ただ一人だった。
影の役職として、祭祀と呼ばれるものもある。
今はジュゼッペ一人だけだが、暗殺機関だと噂されていた。
もう一人の祭祀は、行方不明のままだった。
どこかに潜入しているだとか、返り討ちにあい殺されただとか。
などなど噂は流れていたが、消息は不明のままだった。
何よりも法国といえば、聖女が有名だった。
神に愛され、神の加護を受け、神の奇跡を起こせる。
他国にも、それは伝わっていた。
ソフィア、アーシア、クラウディアの三人の聖女がいる。
さらに歴代の聖女の中でも、ずば抜けた力を持つというロレーナがいた。
彼女は大聖女と呼ばれ、法王ですら口出し出来ない、ともいわれていた。
王国の調査では、この中の司教の誰かが邪教へ手を貸している。
そういう判断であった。
陸伝いに船団が大陸の南を回り西へ行く。
海竜などの大型の魔物に襲われないように、なるべく浅い海を通る。
「はっはっは。あんなのは伝説さ。おとぎ話の中だけだよ」
ギルドの戦士たちを運ぶ、船団を任された船長が豪快に笑う。
そんな笑い声を聞きながら、男は小さな船に運ばれ浜へ着く。
「後は任せます。厄介なのを呼ばれる前に殲滅してください」
「面倒なのが、出てこないといいですねぇ」
マルコに見送られ、リト一人を連れた男が法国首都、神殿へ向かう。
「どういうつもりです? マヌエル猊下」
最近になって、法王マヌエルが用意させた一室。
その特別な部屋で、法王と対面するのは、大聖女ロレーナだった。
「貴女には、誰も手を出せない。神そのもの、ともいえる力がある」
暗く沈んだ声で、俯いた法王が話し出す。
「民からの人気もあるのが、気に喰わないのでしょう?」
ロレーナの言葉に、マヌエルの肩がビクッと跳ねる。
「ふぅ……全て御見通しか。ワシはな、絶対的な王に、独裁者になりたいのだよ」
「法王の肩書きだけでは、満足できなかったのですね。それでこの部屋ですか」
部屋の壁を見回すロレーナ。
そこには彼女の信仰する神とは別の力があった。
「
マヌエルがぬるりといった感じで、気味悪く彼女を覗き見る。
俯いたまま、目だけを動かしロレーナを窺う。
誰も、神に護られたロレーナには、手出しが出来ない。
しかし彼女も、彼女を護る光の神以外の神へは、干渉できない。
少なくとも法王マヌエルは、そう理解していた。
もしくは思い込んでいた。
「なるほど。この部屋に閉じ込めておこうと……」
「ふ、ふ、ふふ。死と混乱の神、その力を手に入れれば、誰も逆らえない」
歪んだ顔で静かに
「愚かな……彼の力を勘違いしてますよ。やめておきなさい」
まるで死の神そのものを、知っているかのような、ロレーナの言葉。
しかしマヌエルは気付かない。
彼も、まともな思考は最早、出来ていないのかもしれない。
「もう、止まれないのだよ。神の力を手に入れ、大陸を支配する」
「もうすぐそこまで、死神が来ていますよ」
「だからこそだ! ちからを、神の力を手に入れるのだ!」
法国を攻める連合軍を、神の力で蹴散らすつもりのようだ。
彼女の語る『死神』が何を指すのか、両者の認識は少しずれているようだが。
「あの方たちの力を
「そうだな……まぁ、其処で大人しくしていてもらおうか」
法王マヌエルはロレーナを一人残し部屋を出ると、ゆっくりと扉を閉めた。
「はぁぁ……困った人ですねぇ。どうしましょう、出るだけなら簡単ですが……」
聖女を軟禁するための部屋は豪華なものであった。
天蓋付ベッドまで用意してあった。
絹のシーツに身を投げるロレーナ。
「また、あの人にお願いするしかないかしら……」
「何か、嫌な予感がする」
首都へ向かう男は、行く手に何か良くないものを感じる。
背筋をはしる悪寒を感じながらも、仕方ないかと諦めて進む。
彼を待つのは神の使徒か、邪神の信徒か。
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