最終章 のぞむもの

第201話 謎の獣人

 大陸南東部、帝国領から南下して、旧皇国を越えた雪原。

 大陸最南端の宗教国家、法国の入口に大軍が集結していた。

 王国、帝国、評議国、新興の傭兵王国まで、四国の連合軍だった。

 司令部の大きな天幕に、各国の代表たちが集まっていた。

 王国からは宰相の、侯爵エミール

 帝国からは、将軍ヨシュアと副官ロビン

 評議国から、首長のアナンとンソワ

 傭兵王国は国王カミュ自らが、兵を率いて乗り込んでいた。

 さらに共の者たちも並び、広い天幕に各国要人が、ひしめき合っていた。

 各国の要人に混じり、ギルド長のマルクスと、秘書シャルロットの姿もあった。

 護衛代わりなのか、後ろにはAランクの冒険者たちもついている。


 そんな天幕の入口、入ってすぐの影に、機嫌の悪そうな『おっさん』が一人。

 雑に刈った短い黒髪。

 濃く太い眉。

 瞳が見えない程、細く小さい目。

 顔も口も小さい。

 その顔にも、腕にも、見える肌には深く大きな傷が、いくつも残っている。

 小柄だが、その手足は服の上からでも、分かる程に太い。

 どの国とも違う服に、変わった鞘の剣を大小二本、腰に差していた。


 その奥には兎の獣人が一人。

 頭の上の小さな耳以外に、獣要素は見受けられない。

 見た目はまだ幼い。

 人間の幼女にも見える。

 そんな幼女の脇には、自身が入れそうな程大きなザック。

 さらに彼女の3倍はある、在り得ないほど長い剣が立てかけてある。


 チラチラと幼女を見る人々。

 要人の供が囁き交わす。

「なんで子供が混じっているんだ?」

「なんで亜人なんているんだ」

「あれは獣人じゃないか?」

「なんでも王国とギルドの、秘蔵の戦士らしいぞ」

「ドラゴンスレイヤーらしい」

「ばかな……」

「だが、あの剣は……」

 そんな囁きが聞こえて来る。


 教団の術師が、最後に呼び出した女神、バアル・ペオル。

 兵士達を薙ぎ倒す人外を討伐したのは、一人の名もなき男だった。

 流石に今回は誤魔化しきれない。

 それでも南北両軍は退却し、遠く離れてはいる。

 はっきりと、男の顔まで認識はしていない筈だった。


 近くで見ていた数名。

 北の部族の族長と、北の戦士アソン。

 元伯爵セルジュと、空で戦うアマゾンの戦士。

 傭兵王国の戦士マリーネ。

 ほぼ身内のマルコとカムラ、トムイ、シア。

 マリーネと北の族長をどうにかすれば、誤魔化せない事もない。


「こんな事もあろうかと、すでに準備は出来てます」

 いつの間に近付いたのか、公爵シモンの事務官セリーヌがいた。

 その場に居た者たちを説得いいくるめし、無理矢理だが、男の偉業をごまかす。

 男も仕方なくセリーヌの案に乗り、連合軍の天幕に引き摺り出されていた。

 悪魔ベルフェゴールを討伐したのは、ギルドの戦士ということになった。

 その名はドラゴンスレイヤー・リト。

 人の身丈程ある大剣を振るい、ドラゴンすら討ち倒す戦士とされた。

 そんなこんなで、不機嫌な男とリトが天幕に居た。


「英雄殿が到着しました」

 天幕の入口で兵士が、英雄の到着を報告する。

 入って来たのは英雄カムラ、トムイ、シアの三人。

 盾と剣は置いて来たが、厚い鎧に身を包んだカムラを先頭に登場する。

 そう、天幕の中で武器を持っているのは、男とリトの二人だけだった。

 カムラたちの登場に、また後ろの人々が騒めく。


「あれが噂の英雄か。子供じゃないか」

「なんでも『泣き虫』カムラと呼ばれているらしい」

「なんだその二つ名は、なんだか弱そうだな」

「亜人の群れに一人飛び込み、殲滅したそうだ」

「あぁ、その返り血を浴びた姿が、血の涙を流すようだったと」

「毎度、そんな激しい戦い方らしいぞ」

「それで、泣き虫か……」

 噂に尾ひれがついて、カムラは非情の戦士になっていた。

 人の噂は怖いものだ。


「あっ、リトさん!」

「やっぱり来てたんですね」

「当たり前でしょ。アタシ達でさえ呼ばれてるんだから」

 三人がリトに声を掛けて傍に行った事で、また騒めきが広がる。

「シアたちも来たの。死なないようにね」

「はい! 邪魔しないように頑張ります」

 笑顔で良い返事を返すシア。

「英雄たちの知り合いのようだぞ」

「ドラゴンスレイヤーってのは本物なのか?」


 リトを知らない者たちの驚きは、そんなものではすまなかった。

 続き到着する人物達によって、驚きは加速していく。

「Sランク、剣の勇者ミハイル様、到着です」

 また兵士の報告があり、白く輝く鎧のミハイルが入ってくる。

 チラッと、入り口脇の男を見て苦笑すると、彼もリトへ挨拶しにいく。

「リトさん、しばらく辛抱して下さい」

「もうちょいミハイルが強ければ、こんな面倒もなかったのに」

 あの場に居たが、倒れて気を失っていては、なすり付ける事も出来なかった。

「はっはっは。申し訳ありません。精進しますよ」

 カムラたちとも気軽に話すミハイルに、顔見知りの貴族が声を掛ける。

 ミハイルは元々、王国の貴族の家の出だった。

「久しいなミハイル殿。彼等は知り合いなのか?」

「お久しぶりです。彼等は同じ師の弟子同士です。リトさんは師匠筋ですね」

 まったくの嘘ではないが、ミハイルのちょっとした茶目っ気に周囲が騒ぐ。

 背に刺さる殺気に、冷や汗を垂らすミハイル。

 入口に振り向く事も出来ず、天幕の奥へ、そっと進んでいった。


「王国から公爵カリム様、御到着です」

 カリム様までやってきた。

 まぁ、英雄扱いされているし、仕方ないのかもしれない。

「よぉ、お嬢。もう、来てたのか」

「カリム、遅い」

 周囲がさらに騒めく。

 公爵が獣人に声を掛けただけでなく、獣人は公爵を呼び捨てにした。


 さらに混乱は加速する。

「王国より第二王子レオ様、御到着です」

 カリム様にも似た、立派な体格の王子様まで来た。

「おぉ、リトだったな。あの時は世話になった。久しいな」

「弟王子か。お世話したな」

 王子にも軽く手をあげ、挨拶をするリト。

「「???」」

 リトを知らない周囲の頭の中は、『?』で埋め尽くされた。


 皆が程よく混乱する中、帝国の副官ロビンは、既知のトムイから説明を受ける。

「また面倒な事をしているな。それで奴は機嫌が悪いのか」

「師匠は表に出たくない人なんです」

 そんなリトのお披露目が済んで、連合軍の軍議が始まる。

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