第199話 奇跡と浄化

「ちょっと私の力だけでは厳しいので、力を借りますね~」

 マイペースな聖女が、選んだ力を鷲掴みにした。

「は? え、ちょっ! な、何をっ!」

 問答無用の荒業に、流石の男も慌て呆れ、言葉を失う。

 予想外の行動に、遠巻きに見ていた人々も、口を開けたままだった。

「すみません。ちょっと多めに貰いますね~」

 まさに神の奇跡。

 当然と言えば当然の相手。

 この場で最も多い桁外れの魔力。


 聖女ロレーナはベルフェゴールの魔力を、掴んで引き剝がした。

 その魔力を使い、戦場の魂を浄化する。

「神様ぁ、浄化の光を、よろしくお願いしまぁす」

 強大な女神の魔力を、根こそぎ奪い天に捧げる。

 天から光の粒が降り注ぎ、その数と勢いを増していく。

 光の粒は光弾となり、長く伸びる光る尾を引いて降り注ぐ。

 戦場の魂を、魔族を、戦う人々を光弾が貫いていく。

 魂も魔族も、浄化されて消えていく。

 兵達は当然、貫かれてもダメージはない。

 それどころか外傷も、精神も癒されていくようだ。

「ぐぉぉ……ぬぅぐぅぅ……」

 光に貫かれ、何故か苦しむ男が一人。

 さらに後方、一人離れた高台で、倒れる賢者も悶えていた。


 体中から力が抜ける。

 体中に鈍痛が疼く。

 水中へ沈み込んでいくような感覚と息苦しさ。

 何故か悪魔ベルフェゴールは平然としている。

「あら? 人には害がない、筈なのですけれど……苦しそうですね」

 ロレーナが不思議そうに首を傾げる。

「やっぱり、コイツは敵」

 膝をつく男の前に立ちはだかるリトがナイフを抜く。

「まぁ、待て……リト。くっ……大丈夫だ」

 聖女に飛び掛かりそうなリトを止め、男が立ち上がる。

「よかったぁ。では、後を頼みます。私は力を、使い果たしてしまったので」

 爽やかな笑顔で、鬼畜なセリフを吐く大聖女。

 男が何か言い返す間もなく、聖女は光り輝き、光と共に消えてしまった。

 ペオルの女神は変わらず無表情だが、魔力を無理矢理奪われ、お怒りにも見える。


 溢れる魔族と交戦していた南軍の兵士たちが、北へ、女神を目指して攻め寄せる。

 姿は女神だが、悪魔として討とうと槍を向ける。

 魔力を失った悪魔へ、兵士が群がる。

 突き出される穂先を躱し、突き出される槍を掴んで、無造作に振り回す。

 薄布一枚の女神が、兵士たちを枯草かワラかのように、次々と薙ぎ倒していく。

 単純な膂力りょりょくだけでも、百万単位の軍を蹴散らし翻弄ほんろうする。

 それでも四方八方囲まれ、突き出される槍、全てを躱せはしない。

 女神も無傷ではないが、皮膚が裂けようが槍が刺さろうが怯みはしない。

 身を護る魔力の防壁がなくなっても、その身は人の物ではなかった。

 傷つきはしても、兵士の攻撃は深く刺さりはしない。

 皮膚も肉も硬く、血が流れてもいない。

 女神だか悪魔だか、ソレは怯みも、疲れもせずに暴れまわる。


「とんでもないな。あんなもの、どうしろってんだ」

 丸投げされた男が、兵に囲まれている悪魔を、呆れて見ていた。

「あいつら邪魔だね。先に殺す?」

 周りの兵士が邪魔だと、リトは不思議なセリフを吐く。

 マスター以外は全て邪魔で、邪魔がなければ神でも倒せる、と思っているようだ。

 ブォォオオオオオ!

 低く重い角笛の音が、戦場に響く。

「何か兵に指示が出たようだな。後は奴らに任せるか」

 軍に任せて脱出しようかと考えた男の前で、信じられない行動をとる兵士たち。

「退けぇ!」

「撤退だぁ!」

 ベルフェゴールに群がっていた兵士たちが一気に退いていく。

 あの角笛は全軍撤退の指示だった。


「これで大丈夫なのか?」

 南軍司令部は先見の魔女と、王国公爵の助言に従っていた。

 セリーヌの言葉に従い、全軍を撤退させていた。

「問題ありません。向こうには既に、悪魔を倒せる戦力を配置しております」

 南の雪国、皇国を滅ぼした悪魔。

 それを倒したのは、表向き連合軍であり、とどめは王国公爵カリムとなっている。

 実際はカリムではなく名もない男であると、セリーヌは突き止めていた。

 彼女は知っていた。

 男が悪魔を、神を殺せる事を。

 少なくとも彼女は、それを疑っていなかった。

 邪魔な兵士が退却し、国を滅ぼしかねない存在と、相対させられる男だった。


「なんだこれ。罠か?」

 誰に嵌められたのか、どうして一人、取り残されているのか。

 考える男に、悪魔の形相となった、女神が向き直る。

 悪魔は横っ腹に突き立った、折れた槍を引き抜いて投げ捨てる。

 ゆっくりと男へ向かって歩き出す。

「ちっ、やる気みたいだな」

 覚悟を決めた男が刀を抜き、間合いを詰めると深く踏み込んだ。

 下段の二代目井上和泉守国貞が、鋭く大気を切り裂き駆け上がる。

 身を反らし躱した悪魔の胸元、その薄布一枚を切り裂く。

 跳ね上がった刃が翻り、袈裟に振り下ろされる。

 人を凌駕する悪魔の肉体が、それも身を屈めて躱す。

 振り下ろされる刃を潜った悪魔が、男の顔へ右腕を突き出す。

 掴んで握りつぶす気でもいたのか、その手を擦り抜けるように躱し、振り下ろす刀と共に脇を駆け抜ける。

 二段構えの先制攻撃は布一枚引っ掛けただけで終わる。

 だが男はニヤリと嗤った。

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