第196話 神の鉄槌

「ひゃははははぁ~、見たかぁ。これが僕の力だぁ」

 召喚したメウェンが浮かれて叫んでいる。

 よっぽど何かが、溜まっていたようだ。

「先ずは召喚者を、殺しておきたいところだがな」

 メウェンだけは、殺しておきたい男だったが、迫る魔族が邪魔だった。

 奇形の子供の様な姿に、皮膜の付いた羽根を生やした魔族。

 筋肉質の大柄な人型ではあるが、紫の皮膚に黒い体毛を生やした山羊頭。

 ヒョロヒョロと細長い体で、二本の長い腕と長い尾を持つ猿の様な姿。

 次々と異形の魔族が、溢れ出て暴れまわる。


「誰にも止められはしない。混乱と狂気に呑まれるがいいさ」

 狂気に酔うセルジュ。

「このまま、この国を蹂躙してやるんだ。僕をバカにした奴らも皆殺しだ」

 ただの子供の様に、メウェンが浮かれる。

 彼の力は召喚だけで、操る事は出来ないのだが。

「させない……それだけは。北の村に残った人達もいるんだ」

 トーマス(マヌ)が、何かを決意して飛び出す。

「無駄だっ! 魔族の軍勢を相手に、ヒト如きに何が出来る!」

 一人、群れへ飛び込むトーマスに、メウェンが嗤い叫ぶ。


「人の力で敵わないのなら、こちらも神の力ならどうだ」

 魔族に囲まれるトーマスが、天にを突き上げる。

「彼は帝国から来たんでしたっけ? ……もう少し離れましょうか」

 帝国の魔法を見た、あの時の記憶が男に蘇る。

「この身を撃て! 雷帝よ、鉄槌を振り下ろせ……イー!」

 トーマス(マヌ)が帝国に伝わる、真語魔法を発動する。

 己が身体を犠牲に、神(と、本人が思い込んでいるナニカ)の力を行使する。


 晴れ渡っていた空が、一瞬で雷雲に覆われる。

 次の瞬間、視界が光に包まれ、戦場に轟音が広がる。

 遠く離れた者には雷雲から放たれた太いいかづちが見えた。

 雷鳴が轟き、トーマス(マヌ)の周囲が消し飛んだ。

 地面に焼き付く影だけを残し、自らと周囲の魔族を焼き尽くす。

「それでも……無駄だぁ! まだまだいるぞぉ」

 メウェンが負けじと叫ぶ。

 辺りを焼き払う雷撃だったが、魔族の群れを殲滅するほどの規模ではなかった。


「なら追撃でもしてみようか」

 北軍の後方、小高い丘に老人が……いや、見た目は青年が立っていた。

「この魔力は……賢者様!」

 シアが後方の魔力に気付く。

 空に広がる雷雲に、魔法の勇者、『賢者』ナイジェルの魔力が注がれる。

 巨大な、光り輝く魔法陣が賢者の足元に広がる。

「あのじじいめ。遅いんだよ」

 ナイジェルに気付いた男が、振り向かずに呟く。

 戦場に、魔族の群れに雷撃の雨が降り注ぐ。

 響く轟音。

 雷鳴が戦場の空気を震わせ、雷撃が魔族を撃ち焼き払う。


 煩いわ、眩しいわ。

 魔族だけでなく人にも優しくない大魔法だった。

 雷鳴が鳴りやんでも、すぐには誰も動けない。

「おや? もしかして、やりすぎたか?」

 好き放題に魔法を発動しておいて、魔力の切れた賢者だった。

 稲妻が撃ち漏らした魔族は、怯まず目に付く人々へ襲い掛かる。


 男の居る北側へも魔族が迫る。

 人々の前へ飛び出す影。

 剣が閃き、光が魔族を切り裂く。

「遅くなりました」

 光る鎧の青年が、剣を持って立つ。

「勇者さまぁ」

「師匠の一番弟子の人だぁ」

「ミハイルさん!」

 カムラたち三人も、彼の姿に浮かれて叫ぶ。

 剣の勇者『貴公子』ミハイルが参戦した。

「今更ですが、援軍を連れてきましたよ」


 ミハイルが指差す先を見上げる。

 そこには翼を生やした馬の群れがいた。

「なんですかアレは……」

 呆れ気味の男は、馬に跨る戦士を見上げた。

「はははっ、待たせたなぁ」

 馬上から高笑いする女性が率いる戦士たち。

 それは全てが女性の戦士だった。

 その女戦士を、男は見覚えがあった。


「ハティか」

 アマゾンの族長ハティが、天馬に跨り戦場に駆けつけた。

「部族同士の争いに興味はないが、魔族相手なら別だ。空は任せろ」

「ははっ、これならどうにかなりそうですねぇ。ならば……」

 後先考えず子供のように浮かれる、メウェンの脇腹に、男の足刀が突き刺さる。

「ぐへぇ……」

 無様に倒れるメウェンに、男が刀を振り上げる。

 本当に召喚だけで、本人には何の能力もなさそうだ。

「いざという時、頼れるのは鍛えた己の力だけだよ」

 特別、感情も見せずに、手慣れた作業のように、男が刀を振り下ろす。

「待てっ!」


 その手を止めようと、叫ぶ声が響く。

「こいつと交換だ。そいつは放してもらおうか」

 叫んだのはダニエルだった。

 もう、誤魔化すのは諦めたのか。

 追っていたセルジュを後ろから掴み、ナイフを首にあてがっていた。

「なんですか急に……」

 何処までわざとなのか、男の手は止まりはしなかった。

 待てと言われて待つ訳もなく、メウェンの肩から胸まで深くやいばは沈んでいた。

 面倒くさそうに、何処か楽しそうに、男が振り向く。


「なっ、なんで止めないんだ! 待つだろう普通は!」

「いや、そんな事言われてもね……何がしたいんですか」

 誰も信じていない男は、ダニエルの行動に、驚いてもいないようだ。

「お、おい。お前、教団のものだろう。私を助けに来たんじゃないのか」

 捕まったセルジュも、味方だと思っていたようだ。

「お前を暗殺するために来たんだよ。教団の情報を喋る前にな。そっちの召喚の力はまだ利用価値があったのに、もったいない事をしてくれたな」

 自分が見捨てられていたと知ったセルジュは、ショックか大人しくなった。

「で……まさか、そいつと心中する気では、ありませんよね」

 セルジュを殺した後、どうする気なんだと男が訊ねる。

 半笑いで。


「ふん。当たり前だ、ちゃんと用意しているさ。おい奴隷、出番だぞ」

「んぇ? マスターの邪魔しちゃ、ダメだよ」

 人質にする気だったのか、囮にして逃げる気だったのか。

 当然だが、リトを利用する事は出来ない。

「な、なんだと? 裏切る気か!」

「あぁ、あれは嘘。ごめんねぇ」

「はぁぁ? おい! 奴隷が嘘吐いたぞ!」

 何故か男に文句をつけ、怒鳴るダニエル。

 通常、奴隷は嘘を吐けないように、奴隷紋で命令してあるものだった。

 だが、男が強制したのは怪我をしない事、それだけだった。


「はぁ、うちは放任主義なんですよ。元気に育ってくれれば、後は自由です」

「ふ、ふざけるなぁ!」

 青筋を立てて真っ赤になるダニエルだった。

「煩いから黙ってて」

 ダニエルの後ろに立っていたリトが、無慈悲に、無感情に引き金を引く。

「なっ、にゅびゅっ!」

 リトのクロスボウから、クォレルが放たれる。

 ケツから撃ち込まれた矢がダニエルの体内を駆けあがっていった。

 セルジュも脹脛ふくらはぎを、ナイフで切り裂かれて倒れる。


「始末完了。標的も確保。リト、お手柄。んふふ~」

 ご機嫌でセルジュを縛り上げるリトだった。

「あぁ! 大変!」

「大丈夫ですかぁ!」

 二人の女性が叫び、飛び込んで来た。

 面倒くさそうに、男が顔を顰める。

 マルコがオロオロと、男と飛び込んだ女性を見比べる。

 ……が、結局は諦めたようだ。

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