第195話 魔族の軍勢

 1818年初版 地獄の辞典

 その前身はモアブ人の神バアル・ペオル(ペオルのバアル)という存在です。

 ペオルは『ペオル山』とも、供物を投げ入れた『裂け目、割れ目』や儀式を行った洞窟を意味するとも言われ、その儀式は淫らな行為をともなったといわれます。

 バアルは主人、支配者という意味だそうです。

 ペオルの支配者と呼ばれる神だったようです。

 ソロモン72柱の悪魔にもバアル(バエル)という悪魔がいますが、ペオルの神とは別の悪魔のようです。

 旧約聖書の『民数記』第25章では、イスラエルの民がシティムに滞在した際に、モアブ人の娘に誘惑された多くの民が、バアル・ペオルなど異教の神々に生贄を捧げ崇拝したそうです。

 これに激怒した神は、Mosesにバアル・ペオルを崇拝した、裏切り者を全て、処刑させ、その遺体を白日の下に晒させたといいます。

 神の怒りはこれでも収まらず、疫病で二万四千の命を奪い、ミディアン人の女性を連れてきた、イスラエル人も殺させます。

 なお、このバアル・ペオルの一件は「申命記」、「ヨシュア記」など後の聖書内の記述で、異教神を崇拝した者の末路として、たびたび言及されています。

 この神の名は『ヤハウェ』であるともいわれますが、改心も回心も改信も許さず皆殺しとは、どちらが悪魔なのでしょう。

 神の意志だと思い込んだ、Mosesひとりの所業だと考えると怖いです。


注) 実際に見て来た訳でもなく、自身で考えた創作でもありません。

 そんな事が書かれた本があるという紹介であり、特定の宗派に喧嘩を売る意図は、まったくございません。


「酷い結果ではあるが、魔族の軍勢がいなくて助かった」

 戦場を見渡す、騙された北の族長が呟く。

 囲まれた兵を見捨て、軍は北へ退いた。

 戦場に残された族長たちと、元凶セルジュ元伯爵。

 部族の戦士アソン。

 案内役のダニエルとトーマス(マヌ)。

 マルコとリトを連れた男。

 何故か紛れ込んでいるカムラたち三人。

 そして北の部族ではなさそうな、ローブ姿の謎の若い男。

 追い詰められた筈のセルジュの顔は、不敵に笑っていた。


「ふっ……邪魔をしおって。だが、これだけ死ねば充分ではある」

「これ以上何をする気だ!」

 セルジュの言葉にトーマス(マヌ)が、珍しく声を荒げる。

「何を……だと? ここまでは準備さ。俺の野望はここからだ」

 大量に死んだ魂が、男は気になって仕方がない。

「あれを使って何かする気なのか? まぁ、野望だと本人が言うなら大丈夫か?」

 叶わない願いが野望だ。

 自ら叶える気がなく、無謀な計画だと思っているのだろうか。

「神の力を魅せてやる。メウェンよ、力をみせてやれ」


 分不相応な、叶う事のない望み。

 それを野望といいます。

 野心とは、少し違います。


 メウェンと呼ばれた若い男が、ニヤニヤといやらしい笑いを見せる。

「くはっ、ひひっ、もう誰にもバカにされない力だ。見せてやるぞ、神の奇跡を!」

 両腕を広げ、高くあげるメウェン。

「この魔力は……何をするつもりだ」

 魔法とは違う質の、魔力を感じるトーマス(マヌ)。

「なんかヤバイかも。懐かしいような、不思議な気配がする」

 殲滅された兵士の死体の山から、不穏な気配を感じるシア。

「死者の魂を生贄に捧げる。魔界より溢れよ、悪魔たちよ在れ!」

 メウェンが神から与えられた召喚の力が、魔族の軍勢を呼び出した。

 北の部族の積みあがる死体を食い破り、魔族が溢れ出す。

 異形の魔物が次々と現世に顕現していく。

 溢れ出した魔族は空を飛び、地を駆け、兵士へ飛び掛かっていく。

 突然現れた魔族に対応できない、南軍の兵士たちが噛みちぎられ、引き裂かれる。

 魔族は北へも、退却中の北軍へも迫る。


「なんだアレは!」

「魔物が突然現れたぞ」

「退けぇ!」

「この数の魔族を野放しにはできんぞ」

「何をしておるか! さっさと討取らんかぁ」

 南軍の首長たち、司令部も混乱していた。

 約三百万もの南軍だが、一度混乱すると制御も利かなくなる。

 命令する側すら、混乱から立ち直れない状態だ。

 それはもう軍ではなく、ただの大量の餌だった。


「これは不味いな……セリーヌ、次の手だ」

 流石のシモンも、暢気にしていられなかった。

「はっ。こんな事もあろうかと、援軍を用意しております」

 その言葉が聞こえたかのようなタイミングで、戦場に援軍が現れる。

 混乱し、逃げ惑う兵士たちの前面に、南東からの一団が雪崩れ込む。

「待たせたね! いくよぉ。魔族なんて蹴散らしなぁ!」

「「「うぉおおおおっ!」」」

 アソンの母、ンクルマが集めた部族の戦士たち。

 さらにギルドの冒険者や狩人も参加していた。


「さらに、傭兵団も用意しました」

 静かに告げるセリーヌの指示が届いたかのように、南西からも一団が駆けつける。

 傭兵王国と王国から傭兵団の混成部隊が戦場へ突撃する。

 ンクルマに統制された戦士団と、無秩序に暴れる傭兵団が、魔族の侵攻を食い止めると、南軍の兵たちも正気を取り戻し、魔族を押し返す。

「これで、こちら側は持ち堪えるでしょう。向こうは……」

「あの男が居るか」

 またしても、酷い丸投げをされた男のいる北側は……


「これ以上、勝手はさせぬぞぉ!」

 北の軍を率いていた族長が怒りに任せて、押し寄せる魔族の群れへ挑みかかる。

 飛んで来た翼の生えた魔族を、族長の槍が貫く。

 しかし、地を駆けてきた熊のように大きな魔族の爪が、族長の横っ腹を切り裂く。

「ぬぐぅ……」

 深く大きく腹を裂かれた族長が膝をつく。

「おじき!」

 アソンが駆け寄り、迫る魔族を切り伏せる。

「ぬぅ、まだだ……まだ、死ねぬ。操られたとはいえ、責任はとらねばな……」

 この戦乱を引き起こした、その責任を取る気だった族長。

 だが、既にそれどころではなくなっていた。

 魔族の氾濫から、どれだけの人が生き残れるものなのか。


 有能なセリーヌの仕込みで、南から間に合った援軍。

 北側に取り残された男に明日はあるのか。


 百万の魂を生贄に召喚された魔族の軍勢。

 三百万の評議国兵士と援軍で対応する南側。

 男と愉快な仲間たちだけに丸投げされた北側。


 北側にも援軍は来るのでしょうか。

 次回、男は一人で魔族を蹴散らせるのでしょうか。

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