第193話 先見の魔女
北部の族長たちが率いる北の部族たち。
草原で睨み合う、首長たちが率いる南部の部族だち。
南部の首長たちが集まる本陣に、一人の男が訪れる。
大陸では見慣れない、黒いフェドーラ帽に黒いスーツ。
大陸どころか、この世界にはいない筈の、マフィアにしか見えないおっさん。
「よぉ、邪魔するぜ」
「シモン殿!」
首長の一人が驚きの声をあげる。
「久しぶりですな」
王国の公爵、現王の実兄シモンだった。
南部の首長の殆どは、一応顔見知りではあった。
「まさか、王国も介入する気ですかな」
「いやぁ、ウチのバカも絡んでいるようでねぇ。まぁ軍は連れて来てはないよ」
「今更戦は止まりはせぬよ」
顔も向けずに首長の一人が、吐き捨てるように口にする。
顔見知りでも全員が、王国を受け入れている訳でもないようだ。
「ハッ、ひとんちの戦を止めたりはしねぇさ。……セリーヌ」
いつから居たのか、後ろに控える女性に、シモンが後を任せる。
「こちらに参加していない、幾つかの部族に声を掛けて参りました」
「ふん。余所者の言葉で動く首長なんぞいるものか」
シモンを嫌っている首長は、気に入らないようだ。
「何にしろ間に合わないな……始まるぞ」
戦場を見つめる別の首長が呟く。
「「うぉぉおおおおおっ!」」
睨み合う南北の軍が、突如雄叫びをあげる。
どちらからともなく、進軍を始めた。
いや、進軍というよりも突撃だった。
策略も様子見もなく、両軍が真向からぶち当たる。
長い槍が体を貫き、盾が顔を叩き潰す。
評議国の戦は、真正面からの突撃しかなかった。
大草原に並ぶ縦隊がぶつかり合う。
次第に部隊が潰れ、横に広がっていく。
「こんな事もあろうかと、各部族の方々へ、お願いをして来ました」
乱戦混戦、戦線が無駄に広がっていく戦場。
首長たちに、仕込みは済んでいると、伝えるセリーヌ。
「なんだと?」
「先ずは馬の部族イタナナト様」
セリーヌの声が届いた訳でもない筈だが、西側から騎馬の一隊が駆けこむ。
馬面の首長が率いる部族が北軍の横っ腹へ突撃する。
西から東へ駆け抜け、北軍を両断した。
「続いてソチリヒナト様、カニキイス様」
大柄な猿のような男が率いる部隊が西から突撃する。
さらに大きな虎を連れた部族が東から参戦した。
「さらにスチココニカ様が回り込み、分断した軍を囲んで包囲殲滅します」
「なっ、兎のアイツまで……」
評議国の中でも特別はぐれ部族な、兎獣人の部族も参戦する。
ウサギが分断された軍の間にとびこんでいく。
内戦に参加しなかった部族を、セリーヌが口説き墜としていた。
さらに行動まで指示していたようで、タイミングまで絶妙だった。
「魔女め……」
「未来が視えるという噂は、本当だったのか」
首長たちがセリーヌを見る目に、畏れの色が混じる。
「未来は見えませんし、魔法も使えませんよ。予測をして備えるだけです」
澄ましたセリーヌが、つまらなそうに答えた。
「だ……だが、間に入った部族も、挟み撃ちにされるぞ」
首長の一人が、飛び込んだ部族を見捨てるのか、と騒ぎ出す。
結局は中に飛び込んだ部族が、包囲殲滅されるだけだった。
「向こう側には彼がいます。まぁ、後方の軍はどうにかするでしょう」
中に入った部族が包囲されかかったところで、後方の軍が退いていく。
何があったのか、突然戦意を失くしたかのように後退していった。
「は? 何がどうなっているんだ……」
「本当に退いていったぞ」
「北軍の後方にまで、誰を配置していたんだ」
「やはり魔女なのでは……」
首長たちには畏れどころか、怯えに近いものまで広がっていく。
彼女を信頼し、全てを丸投げした公爵。
シモンは後ろで一人、静かに葉巻を咥えていた。
全て任せて、口を挟む気はないようだった。
少し戻り両軍がぶつかり合う頃、北軍の後方に男が追いつこうとしていた。
数百万の軍勢を数人で止めるだろうと、無茶ぶりをされている男がいた。
「間に合わなかったか……」
アソンが悔しがる。
「あの数をどうにか出来ますか?」
おかしな事を男に尋ねるマルコ。
男を何だと思っているのだろうか。
「ははっ……あんなもの、どうにもなりませんよ。さっ、帰りましょうか」
半笑いで答える男は、諦めて帰る気だった。
「いやいや、待ってください。最悪セルジュだけでも、見つけないと帰れませんよ」
帰ろうとする男をマルコが必死に止める。
「そうは言ってもねぇ。あの中から見つけられますか?」
「それはそうですが……」
魔力が見えない二人とは違う視点から、トーマス(マヌ)が閃いた。
「遺跡から何かを持ち出していたな。その魔力が漏れていれば見つかるかも……」
「なるほど! では早速お願いします」
「いや、私はアイテムから漏れる魔力までは感知できない。誰か居ないのか?」
浮かれたマルコにトーマス(マヌ)からの、残念なお知らせが告げられる。
「俺が族長と話してみる。今は別の部族だが、元は同じ一族だ」
アソンが北軍を率いる族長を、説得すると言い出す。
「危険すぎませんか? 近付く前に攻撃されて終わりますよ」
マルコが無駄だと止める。
「あれは……ははっ、セルジュの居場所が、分かるかもしれませんよ」
男が北軍の中に何かを見つけたようだ。
軍の中というよりも、その向こう。
数百万の軍勢の向こう側に、何かを見つけ、希望を見出した男が動く。
希望が無ければ拘らずに退却するが、可能性があるなら賭けてみる。
優先されるのは感情なのか打算なのか。
戦場を単身、男が駆ける。
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