第191話 別れた道

 親に捨てられ、孤児院で育てられた。

 本当の親も兄弟も知らず、多くの兄弟と過ごした。

 学もなくコネもない。

 金の為、暮らしの為に、クナミィスギルドで仕事を貰う。

 偶々出会った男に助けられ、運良く生き残る事が出来た。

 その男の指導を受け、名が売れる程の成果をあげるようになった。

 命を狙う者と狙われる者。

 何が彼等を分けたのか。


 シアの悲鳴に振り向き、シアと敵の間に飛び込むカムラ。

 シミターを握った影が飛び退く。

「お前が暗殺者って奴だな」

「へぇ……こんなの初めてだよ」

 カムラの足元を見つめながら、小さく囁くように話す暗殺者。

 カムラたちと同じくらいの年頃にも見える。

 暗殺者は幼さも残る少年で、しかも隻腕だった。

 目の前に居ても見失いそうな程気配がない。

 生気も感じられない、不気味な相手だった。


 ドラゴンや高位の魔族を見てきたシア。

 彼女はその真似をして、魔力を身に纏っていた。

 その防御壁が暗殺者の刃を弾いていた。

 喉元へ迫るシミターに、手を広げ突き出すトムイ。

 上下に突き出された、その手の間には鋼糸が張られていた。

 視認が難しい程に細くとも、幾本もの鋼の糸が刃を弾く。

「あっぶなぁ、びっくりしたねぇ」

「女の子の背中に斬りかかるなんて、とんでもない奴ね」

 トムイとシアが驚き、カムラの背に回り身構える。

 二人、共に不意を突いた攻撃を防いでいた。

 隻腕の暗殺者クロエも、初めてだと驚いていた。


 クロエが顔を上げる。

 その視線がカムラから外れる。

 釣られ、視線が誘導されるカムラ。

 トムイの瞬きに合わせ、クロエが横に、飛ぶように走る。

 一つ瞬きをする、まさに一瞬で、二人の視線を切るクロエ。

 気配を消して、死角からカムラへ迫る。

 そのクロエの目の前に、細い槍が突き出された。

 驚きつつも槍を躱し、跳び退しさり距離をとるクロエ。

「リトさんに比べればね」

 目の前からでも消える、リトを見ていたシア。

 クロエの移動術にも、彼女は対応していた。


「今度はこっちの番だ!」

 盾を構えたカムラがクロエに駆け寄る。

 駆け引きも何もない、まっすぐな特攻だ。

 重い鎧を着たまま、とは思えない速度でカムラが迫る。

 クロエの武器、シミターでは対抗出来ない、重戦車が迫る。

 鉄の鎧は斬れず、顔を狙うくらいしかない。

 カムラの剣が振り下ろされる。

 素早く躱し、脇を擦り抜けるクロエ。


 そこへトムイの鋼糸が、投網のように張られていた。

 後ろから押し込もうとカムラの蹴りが放たれる。

 カムラの後ろ回し蹴りを、振り向きもせず躱すクロエ。

 その脚を掴み、トムイの糸へ向けて投げつけた。

「あっ……」

「いたたっ! イタッ、イテテッ、たっ、いったたっ」

 絡まるささくれだった糸がカムラを傷つけていく。

「あぁ、動かないでよぉ。分かったから、じっとしててって」

 泣き喚き暴れるカムラを宥め、糸を外していくトムイ。

 当然暗殺者の相手は、一人残ったシアになる。


「まったく。頼りにならないんだから」

 一気に距離を詰めるクロエ。

「魔法使いは、近付けば何も出来ない」

 魔族の血に目覚め、魔力が大分上がったシアだが、攻撃は爆裂魔法のみだ。

 近付かれたら魔法は使えない。

 接近戦では只の少女でしかないと、クロエは考えた。

 一突きで仕留め、少年達も動けないうちに、始末する気だった。

 使い込んだシミターが、シアの胸に突き出される。

 革の胸当てを着けているが、それくらいは貫ける。


 シアは左足を引き、槍の柄を合わせて突きを逸らす。

 立てた槍の石突が振り上げられる。

 突き出した剣と共に、体が流れるクロエ。

 その顎を砕く一撃が迫る。

 地を蹴り、身を捻り、捩りながら跳ぶクロエ。

 無理な体勢から身を投げ、槍の石突を躱すクロエ。

 シアとクロエが交差する。

 突き出された剣と共に、大きく前に跳ぶクロエ。

 引いた左足が地を蹴り、振り上げる石突いしづきと共に走るシア。


 魔法使いのくせに、リトを師と仰ぎ、目指す姿とするシアだった。

 いつの間にか、ある程度の接近戦も、身に着けていた。

「チッ、何なの? とんでもない奴ね」

 自分の事を棚に上げて、手強いクロエに舌打ちをするシア。

 片腕でもバランスの悪さを、感じさせない動きのクロエだった。

「待たせたな!」

 細かい傷で血塗れの、カムラが立ち上がる。

「遅い! やっちゃいなさい」

 シアが槍の柄で背を殴り、カムラに命じる。

「おう! 任せとけ」


 盾を構えて一人駆け出すカムラ。

 クロエに向かって盾を突き出す。

 クロエは退かず、盾に沿って回転する。

 最小限の動きで盾を躱しながら、盾の内側へ回り込む。

 カムラの懐に入り込むクロエ。

 だが、そこには既に罠があった。

「やぁ、残念だったね」

「っ!」


 クロエの目の前に立つトムイ。

 カムラと盾に挟まれた狭い空間に、トムイとクロエが立つ。

 密着する、その空間に耐えられないクロエ。

 一瞬の隙に、トムイのナイフが突き出される。

 それでも横に飛び退くクロエ。

 トムイのナイフは、脇腹を浅く傷つけただけだった。

 だが、カムラは逃がす気が無く、畳み掛ける。


「フラクタム・ブレイカー!」

 盾を持ち上げたカムラが叫ぶ。

 盾の底からクロエに向けて、鉄杭が打ち出される。

 クロエをかすめた鉄杭が、地面に突き刺さり盾を固定する。

 その盾の影から、カムラが飛び出す。

 トムイのナイフから逃れ、鉄杭に意表をつかれたクロエ。

 完全にバランスを崩した処へ、飛び込むカムラ。

 カムラの剣が煌めき光芒がはしる。

 光が暗殺者を捉えた。

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