第190話 手柄の代償
傭兵王カミュから送られた使者。
戦士マリーネを、何処かで見た事がある、気がする三人だった。
王城で酔っぱらった時だろうか。
「すみません。何処かでお会いしましたか?」
仕方なく、素直に訊ねるカムラ。
ある意味、
「あぁ、初めてだけどね。東の帝国で、姉に会ってるだろう」
帝国の一言で三人共、砦の司令官を思い出す。
「あぁ! ダイアンさん」
シアが叫ぶ。
魔獣の群れを前に、大剣一本で仁王立ちする、女司令官ダイアン。
そっくりという程でもないが、ダイアンに似た雰囲気が、既視感の原因だった。
何かムズムズと落ち着かなかった三人は、すっきりして落ち着いた。
「僕らを追って来たって事は、あの件ですか……」
トムイがカミュに招かれた、夜の事件を思い出す。
やはり許されない事だったのだろうと。
「あぁ、違う違う。そうじゃないよ」
マリーネが笑って否定する。
「え、あの騒ぎで追って来たんじゃないんですか」
「うちの大将は、そんなにケツの穴の小さな奴じゃないよ」
不安げに訊ねるトムイに、マリーネが豪快に笑う。
「他に理由が見当つきませんが?」
シアも、思いつく事がないようだ。
「アンタらに暗殺者が送られたんだよ。まぁ、他にも標的はいるようなんだが」
「「へ?」」
意外な答えに、カムラもトムイも間抜けな声を漏らす。
「傭兵王国の組織なんだが、うちらは関係してないよ。最近、急に出て来た売り出し中の殺し屋らしいんだ。姿も伝わっていない凄腕らしいけど、うちの大将がアンタらを気に入ったみたいでねぇ」
カムラ達とは仲良くしようと、そんな結論になった傭兵王国だった。
彼を狙う暗殺者がいるからと、注意しにわざわざ評議国まで来たようだ。
恐らく、他にも理由と目的があり、彼等はついでではあるのだろうが。
彼らは知らない。
既にSランクの二人が、その暗殺者に始末されていると。
それはマリーネも知らない事であった。
二つ名と『勇者』の称号を持つ者を、暗殺した何者かが、三人を狙っていた。
「そんな……暗殺者が、俺達を狙ってるなんて……」
カムラが震えながら俯く。
「Sランクを狙うような凄腕だって」
トムイも不安からなのか、カムラの腕を掴んで揺さぶる。
シアだけは呆れ顔で、大きく溜息を
「いや、大丈夫だよ。今、うちの大将が依頼者を探してるから。なんでも邪教徒が何か企んでてね。その邪魔になりそうなのを排除したいらしいんだってさ」
傭兵王カミュも、邪教徒は気に入らないようで、カムラ達についたようだ。
怖がらせてしまったかと、心配するマリーネ。
「んぃーひゃっはー!」
突如腕を突き上げ、雄たけびをあげるカムラ。
「凄いね凄いよね! 暗殺者に狙われるなんて凄いよね」
トムイも興奮して落ち着かない。
二人の反応が予想通りだったシアと、理解できないマリーネ。
「俺達って、有名になったんだなぁ」
「狙われちゃうくらいだもんね~」
「はいはい。殺されたら意味ないんだから、気合入れなさいよ」
浮かれる二人の少年と、戒める少女だった。
「はぁ~、流石だねぇ。大将が気に入るわけだわ」
「そういえば、なんで僕らは狙われたんですかぁ」
何かやらかした覚えのないトムイが訊ねる。
「なんでもこの国の内乱に、教団が絡んでるんだってさ」
マリーネにそう言われても、トムイに思い当たる事はない。
「それを邪魔しようって、Sランクの人たちならわかるけど……」
「アンタら、大森林にあったヤツらの、拠点だかを制圧したろ」
以前に巨人を召喚していた、邪教徒の砦を襲撃していた。
それが原因で、邪魔者だと判断されたようだ。
「あれは師匠がやったんだけど」
殆ど男が殲滅していたと、カムラが不思議そうに呟く。
「あぁ、そういえばギルドの記録だと、アタシ達がやった事になってるね」
シアが気付くと、トムイとカムラも思い出したようだ。
「あっ、そうか」
目立ちたくない男に言われ、記録はカムラ達の手柄になっていた。
それを三人共、すっかり忘れていた。
「あ~、じゃあ仕方ないかぁ」
カムラも、それなら仕方ないと諦めた。
「ずいぶん軽いなぁ。命を狙われているんだぞ」
マリーネは少し呆れ気味だ。
「まぁ、名が売れたら、狙われるのは仕方ないかな」
「有名になったら仕方ないよね」
「アタシは狙われたくないけどね」
「ははっ、聞いてたよりも逞しいな」
そんな集落に北からの噂が届く。
「お~い。大変だぞ。北の村でSランクの勇者が殺されたぞぉ」
北から帰った集落の男が叫んで、皆にニュースを届ける。
「勇者ってのは賢者様か?」
「いや、弓と槍だよ。二人共やられてた」
「勇者ってのは強いんじゃなかったのか?」
「そんな事より頼んでた食材は有ったのか?」
「なぁなぁ、カワイイ子はいたか?」
「そうだそうだ。賢者様は凄いじゃないか」
「腕の立つ暗殺者だって噂だったぞ」
集落の人々が集まり、大声でワイワイと騒ぎ出す。
他の部族のニュースは、数少ない娯楽のようなものだった。
「やられちゃったって……」
浮かれていたトムイが、急に大人しくなる。
「やばいよ、どうしよう」
カムラは既に泣きそうになっていた。
「はぁ~……」
シアは溜息を吐く。
「なんていうか……シアは苦労してるんだな」
マリーネがシアを慰める。
結局、北の村へ行ってみようという事になった。
カムラを先頭にシア、トムイが続く。
マリーネもついて行くという。
泣き崩れたまま、皆に忘れられるレジーナ。
北を目指す四人が、湖畔の集落を出ようと歩き出す。
だが集落を出る間もなく、毒牙は三人に忍び寄っていた。
「きゃっ!」
カムラ達、一行の中へ飛び込む影。
いや、いつの間にか、其処に居た黒い影。
その小柄な影が、シアの背に斬りつける。
使い込まれたシミターが後ろへ回り、トムイの喉を横薙ぎに払う。
集落の中、北からの噂に集まり、騒ぐ中での奇襲。
真昼の街中でも、完全に気配を消して、忍び寄れる暗殺者。
その腕はカムラ達の想像以上だった。
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