第189話 moi non plus

「彼女、結構可愛いところもあるんだよ」

「へぇ、カリドゥさんも、気にしてるみたいですねぇ」

「あぁ、レジーナも彼が好きみたいだ。シアはどうなんだい?」

「あぁ……彼女とは、そういうのはありませんねぇ」

「え、そ、そうかい」

 道中、トムイとサディオは気が合ったのか、大分、仲良くなっていた。

 トムイにとってのシアは、恋の対象の対極、母親だった。

 そのなんともいえない顔に、サディオもなんとなく察した。


 湖はそれほど遠くもなく、日が暮れる前に辿り着けた。

 湖の畔に小さな集落がある。

 ほぼ裸で、日に焼けた部族が暮らしていた。

 カリドゥが話して、受け入れて貰えたようだ。

 さらに客用の小屋、好意的に良く言えば、コテージを貸してくれる。

 今日は集落に6人を泊めてくれるという。

 目的もなく、急ぐ旅でもないので、折角の好意を受ける事にした。


 そんな頃、少し北の村には勇者が居た。

「内政干渉とかって奴なんじゃないのかぁ?」

「王家からの依頼なんて、そうそうないからねぇ」

 王家からの依頼をギルドから受けたSランクの二人。

 真紅の全身鎧に身を包み、赤い柄の槍を持った戦士。

 一人は、槍の勇者『紅龍』フェルサ。

 もう一人は、弓の勇者『流星』ウィリアムだった。

 矢に魔力を込め、小さな蝿すら撃ち落とし、大岩も貫くという。

 二人は評議国の内乱を止める為、戦場と予想される場所へ向かっていた。


「いくら俺達でも、二人でどうにか出来る数じゃないだろう」

「何か策があるんじゃないかな。依頼は公爵がらみだって噂だし」

 いまいち依頼内容を把握できないまま、現場に向かう二人だった。

 そんなウィリアムの弓の弦が突然切れる。

「あれ?」

「……」

 切れたのではなく斬られた。

 そうウィリアムが感じた瞬間、すぐ隣にいたフェルサが倒れる。

 倒れたあかい鎧が、溢れ出る彼の血に埋もれ沈む。

 抵抗どころか、一言も発せず喉から首筋を斬られていた。

 南の魔族との戦闘で一人減り、世界に5人しかいないSランク。

 そのうちの二人が反応も出来ず、一人は即死していた。


「な、なんだ? 殺気も気配もなかったぞ」

 相手を視界に捉える事もなく、ウィリアムの意識も途絶える。

 首の急所を刎ね切られ、彼もフェルサの隣に倒れる。

 そこでやっと、村を行く人々が異常に気付いた。

 村の中、人の往来の中で、二人のSランクが暗殺される。

 村の中で油断していたとはいえ、何も出来ずに二人共殺されてしまった。


 誰にも見られず、いや、認識されず。

 それをやり遂げた少年が村を出る。

「次は、まだ南にいるかな。Sランクでコレなら、次の三人も楽かなぁ」

 使い込んだシミターを、ボロ布で拭った少年が、一人呟き南へ向かう。

 次の標的である三人を狙う暗殺者が湖へ向かっていた。


 その夜、寝付けなかったカムラが散歩に出る。

 何気なく湖を見ていると、言い争う声が聞こえてきた。

 押し殺したような声ではあったが、二人の男性が争っているようだ。

 なんとなく気になり、カムラは声の方へ目を向ける。

 そこには昼間出会った、カリドゥとサディオがいた。

「そんな……レジーナ……どうするんだ」

「……なら……だって……二人で……旅……」

 少し離れて、押し殺した声で争う二人。

 その言葉は途切れ途切れに、カムラの耳へも入る。


「カムラ、カムラってば」

 近くでトムイのかすれるような声がする。

 そちらを向くと、シアもいた。

 木と草の影からカリドゥ達を覗いているようだ。

「何やってんだよ……」

「うっさい。アンタもしゃがみなさいよ。見つかっちゃうじゃない」

 呆れて溜息が出るカムラ。

 どうやらレジーナの事で揉める二人を覗いていたようだ。

「レジーナをとり合ってるんだね」

「きゃー、彼女はどうするんだろう」

 トムイとシアは、レジーナを巡る男、二人の争いに夢中なようだ。

 大きく溜息を吐いたカムラは、一人寝床に戻って行った。


 翌朝、二人は消えていた。

 一人だけ残して、二人で旅に出てしまったようだ。

 残された一人へ、二人の手紙だけが残されていた。


『すまない。やはり二人だけで旅を続ける事にするよ。僕らにもう一人はいらない』

 そんな勝手な短い手紙を読み、握りしめて声もなく泣き崩れるレジーナ。

 カリドゥとサディオの二人は、手に手を取り合い旅立ってしまった。

「そっちぃ?」

「そっちだったかぁ」

 驚くトムイと、満更でもない風のシア。

 また、大きく溜息を吐くカムラだった。

 気が荒いと有名な湖の部族だったが、流石にレジーナには優しかった。

 男と争い、男に負けて、男に捨てられたレジーナの、静かな慟哭が響いていた。


「なんだい、この状況は……面倒なタイミングだったかねぇ」

 そんな場面に来客が、また一人。

「カムラたちに客だ。南の王国から来たそうだ」

 集落の部族が客を連れて来て、レジーナをチラっと見て帰っていった。

 いたたまれない。

「まぁ、急ぎだから仕方ないね。傭兵王国から来たマリーネだ」

 王国は王国でも、新興の傭兵王国からの使者だった。

 何処かで会った事があるような気もする、大柄な女戦士だった。

 傭兵王カミュからの使者が、カムラの元へ到着する頃。

 評議国中央では、内乱が始まろうとしていた。

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