第187話 マヌの村

「ダメです誰もいません。遅かったようです」

 偵察から戻ったマルコが焦る。

 無人の集落を抜け、北へ向かう一行。

 川へ辿り着いた所で、野営する事にした。

 川へ入り着替える男。

 川で獲れた魚と、持ってきた干し肉で、食事を済ませる。

「さて、どうしましょうか」

 どちらへ向かうか、明日からの行動をマルコが相談する。

「北は、もう無理なんじゃないか?」

 北の部族は手遅れなので、セルジュもいないのではないか。

 ダニエルはそう考えたようだ。

「奴の目的が何だったのか、北へ向かった方が良いと思う」

 北の部族は居なくても、セルジュは残っているかもしれない。

 何を目指して北へ逃げたのか、確認するべきだというトーマス。

「彼らは砂漠を迂回して南下する筈だ。西へ行けば追いつけるかもしれない」

 南北の内戦を止めたいアソン。

 しかし、既に戦支度を終えていたら止められないだろう。


 話し合いの結果、予定通りに北を目指す事になった。

 忘れていた爆弾娘ジェシカが口を開く。

「もういい……ここに置いて行って」

 俯いたまま、ボソボソと喋るジェシカ。

『そんな事出来る訳ないだろう! きっと君も送り届けるさ』

 そんな感じのセリフが主人公っぽい筈だが、男にそんな感情はない。

「分かりました、お元気で」

 構って欲しいだけだった、ような気もするが、すんなりと受け入れる男。

 すすんで女性を見捨てたい者もいないが、皆、邪魔だとは思っていたようだ。

 誰も反対はしない。

 顔をあげ何か言いたそうだったが、諦めて顔を伏せるジェシカだった。


 ジェシカを放って北へ急ぐ一行。

 人が数人残っている、小さな村を見つけた。

 様子を見に、村人が集まって来る。

「カリ、ニャマド! ウルクマも居たか」

 村人を見てトーマスが、叫びながら飛び出す。

「お前……マヌか。こんな時に帰ってくるなんて」

「こんな時だからだ! 他の皆はどうしたんだ」

 ウルクマと呼ばれた男性は、トーマスをマヌと呼んだ。

「皆、行ってしまったよ。南と戦が始まる」

「くそっ、バカな。間に合わなかったか」


 トーマスを一度落ち着かせ、残っていた村人と話す事にした。

「すまなかった。この村の出身で、本当の名はマヌという」

 トーマスが男達に正体を明かす。

「何故、帝国へ?」

 マルコの質問に、トーマスが俯き答える。

「マヌなんて、女みたいな名が嫌で……家出した」

 なんともくだらない理由だった。

 何かを気にしていたのは、戦に巻き込まれる故郷だった。

「まぎらわしい人ですねぇ」


 男が何かしないか心配だったマルコだが、男は機嫌が良さそうだ。

「北の部族の長を暗殺するなんて、やりすぎだ」

 耳を赤くしたトーマスが、話題を無理矢理かえる。

「アレは南の仕業だろう」

「それで皆、抑えきれなくなったんだ」

 少し若いカリと、ニャマドが憤慨する。

「そうだ。族長の娘も行方不明のままなんだ」

 ウルクマも娘の心配を、本気でしているように見える。

「どういう事でしょう」

「南の所為にして、他の部族をまとめた……のでしょうか」

 マルコの問いに、男が静かにこたえる。

「どういう事だ?」

 理解できないウルクマに、トーマスが説明する。


 北側の暗殺者に、族長が殺された事。

 娘のヴィオラに出会い保護した事。

 ンクルマと共に、戦を止めようとしている事。

「それでンクルマの息子が一緒なのか」

 ウルクマは納得してくれたようだ。

 色々と引っ掛かる事があったようだ。


「他の部族にも、残っている者はいるんだ」

「今回は何かおかしいんだ」

 カリとニャマドも、武装蜂起が納得いかないという。

「セルジュという男が何かして、長たちを誑かしたに違いない」

 ウルクマもセルジュが妖しいと言う。

「何故、攻め込んだんだ?」

「セルジュが砂漠の遺跡から、持ち出した宝珠の所為だ」

 トーマスにウルクマが答える。

「それで何が出来るんだ」

「魔界の軍勢を呼び出せるそうだ。殆どの者は信じていなかった筈なのに、いつの間にか皆が信じ切っていた。その軍を頼りに攻め込んでいってしまった」


 セルジュの術だろか。

 北部に散らばる部族の長たちは、操られたのか誑かされたのか。

 ともかく戦士たちをまとめて、攻め込んでしまったようだ。

 セルジュの術が効かなかったのか、各部族に数人は残っていた。

「確かに遺跡から何かを持って行ったようですが……」

 マルコは、そのアイテムの効果を疑っていた。

「魔族を呼び出す宝珠の話は、古くから伝わってはいた」

 トーマスが宝珠を伝え聞いてはいると言う。

「魔族の召喚といえば生贄ですよねぇ。軍勢ともなると……」

 男が嫌な発想を口にする。


 そんな男たちが情報を出し合い、話し合う外でダニエルが動く。

「なぁ、奴隷の娘よ。一つ、こちらに手を貸してくれぬか?」

 ダニエルは、こっそりとリトに声を掛ける。

「セルジュを捕らえたいのだが、奴等には渡したくないのだ。手を貸せば奴隷の身分から解放してやるぞ。どうだ、良い条件だろう」

 リトは理解できないような顔で、コトンと首を傾げる。

「自由にしてやるから、力を貸せといっておるのだ」

 余りの反応の薄さに焦れるダニエル。

「はぁ……マスターの邪魔をするのは良くないよぉ?」

「ちっ、所詮は獣か」

「ん~……そうかぁ。まぁ、いいよぉ? どうせ同じ事だし」

 何か一人で納得したリトが、ダニエルの提案を受け入れる。

「おっ、そうかそうか」

 何かがズレているが、気付かずリトを取り込むダニエルだった。


 セルジュの策略によって、評議国は南北に分かれ内戦に突入してしまう。

 世に混乱をもたらす教団の幹部、セルジュの目的は戦なのかどうか。

 魔界の軍勢は本当に召喚されるのか。



 次回予告

 のんびりと評議国を観光気分でまわる3人の『英雄』

 そんな彼等に忍び寄る影。

 集まる戦士たち

 新たな勢力


 そんな感じで今更ですが、もう一人の主人公。と、まではいきませんが。

 まだ本編には登場していない、ある人物の視点を書いてみました。

 短編をさらに小分けにした一話が短い短期集中連載なので、利き手と逆の薬指のささくれが気になったり、寝ている間に搔き壊した横っ腹が気になるくらい暇な時にでも、気が向いたら覗いてみて下さいませ。

 外伝的短編『踠く者』も、暇な時によろしくお願いします。

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