第186話 熱砂を潜るモノ

 迫るサソリに向かって男が走る。

 繰り出されるハサミを跳んで躱す。

 そのままサソリの背へ飛び込んだ。

 サソリの死角、背を滑り抜ける。


 毒針のついたしっぽを掴んで立ち上がる。

 男はサソリを振り回して投げ捨てた。

「ははっ、やっぱり肉がないからか。軽いなぁ」

 鉄の様に硬くても、所詮は虫の甲殻。

 肉も少ないので、重さは殆どなかった。

 紙の玩具のように、大サソリが空を舞う。


 流石の男も驚きに、一瞬ビクッと体が硬直する。

 砂が大きく盛り上がり、巨大なモノが天へ突きあがる。

「うぉ……でかっ」

 思わず声が漏れる程の巨体が、空中でサソリを捕食した。


 体高2m体長30mはあるだろうか。

 呆れるほど大きなワームが、砂中から飛び出した。

 サソリを一飲みにしたワームが、長い体をくねらせ砂へ潜っていく。

「ワームだ! 今度こそ、どうにもならないぞ」

 その巨体に絶望するアソン。

「初めて見ました。噂以上の速度ですねぇ」

 マルコも見た事はなかったようだ。


 ワーム(サンドワーム)

 サンドワームだと、ガルプシリーズが有名でしょうか。

 釣りの餌に使われるサンドワームは、ムカデのような足のゴカイですね。

 いつ頃からか、ファンタジー作品に出演する、サンドワームとは別ものです。

 その多くは砂漠に生息して、ミミズのような長い体をしています。

 芋虫のようなモノもいたりしますが、足の無いモノが多いようです。

 元々ワームとはヨーロッパの、大蛇の事だったようです。

 中にはドラゴンに分類されるモノもいたりします。

 ワーム、サンドワームですが、砂漠のミミズのようになったのが、いつ頃からなのか、残念ながらはっきり分かりません。

 最古だと思える作品を御存知の方は、教えて貰えると嬉しいです。

 砂漠に棲む巨大ミミズのような、怪物として登場する有名な作品としては、1965年アメリカの、フランクさんが発表した小説『Dune』や、1984年発表のコンピューターゲームで、T&E softの『HYDLIDE』辺りでしょうか。

 硬かったり柔らかかったり、牙があったり触手があったり、多種多様なワームがいますが、ゴカイのように、無数の足が生えているのは少ないようです。

 サンドワームは、ゴカイの事なので実在しますが、砂漠のワームとしてはモンゴルの砂漠に、モンゴリアン・デス・ワームというのがいるそうです。

 もしも捕まえたら見せて下さい。


 巨大なワームは砂の中へ潜り、気配すら感じさせない。

「顔を出す寸前まで、さっぱり気配もない」

 リトにも感知出来ないようだ。

「厄介極まりないな、どうするか」

 砂漠の真ん中で、立ち止まっている訳にもいかないが、動けば奴が来るかもしれず動けなくなってしまう。


 遺跡の入口に崩れる瓦礫の影で、トーマスとダニエルも様子を見ていた。

「このまま動けないと、干からびてしまいますね」

 マルコも動けずにいたが、男がどうにかするだろうと、思い込んでいるようだ。

 アソンも剣一本で、相手をする気はなさそうだ。

 そんな中、忘れていた爆弾が作動する。


「あんなのに喰われるなんて嫌よ!」

 突然叫ぶジェシカが走り出す。

 身を挺して、囮になるつもりなのだろうか。

 殊勝な心掛けではあるが、彼女一人では時間稼ぎにもならない。

 駆け出した途端に、顔を出したワームに飲み込まれる。

 無駄に囮となったジェシカは、断末魔もなく消えた。


「はぁ~……仕方ねぇかな。のんびりもしていられないし」

 溜息を吐いた男が動き出す。

 リトに背負われた、刀を握ると歩き出す。

 体を傾け動かないリト。

 いつもとは逆に、男が前に出て抜刀される。


 野太刀を握った男が、突然駆け出す。

 ドスドスと派手に踏み込み走り出した。

 当然その足元にワームが迫る。

「そら、喰らいつけ」


 太陽に喰らいつくかの如く、勢いよくワームが飛び出した。

 男の足の下からまっすぐ空へと伸び上がる。

 赤土のような、煉瓦のような色の、巨大ミミズが天を衝く。

 立ち上がったワームが、ゆっくりと砂漠に倒れる。

 綺麗にまっぷたつになったワームが両側へ、べろんと崩れていく。

 その中には男が立っていた。

 砂に埋もれた野太刀の上に立っていた。


「いやぁ、酷い目にあいました」

 ワームの体液にまみれたまま、野太刀を担いで砂漠を抜ける男。

 高速で駆け抜けるワームに挟まれ、当然無傷とはいかない。

 だが運が良かったのか、ワームに骨も無かったからか、軽傷ですんだ。

 飲み込んだサソリの毒針でも刺さったら、怪我では済まなかったろうが。


「運が良いんでしょうか。そういう星のもとに産まれたのでしょうか」

 マルコが後ろを見る。

「奇跡だけどな。アレはもう、無理なんじゃないか?」

 そちらに目をやり、首を振るダニエル。

 男と同じように、ワームの体液塗れになった、ジェシカが俯いていた。


 ワームに飲み込まれていたジェシカは、駆け抜ける野太刀をすり抜けていた。

 そんな奇跡が起こり、飲み込まれながらも生還していた。

 しかし虚ろな目のまま一言も話さず歩いていた。

 飲み込まれたショックか、ドゥクが殺されたショックか。

 砂漠を抜けた部族の集落まで、仕方なく連れていく事にした。


 砂漠を抜け、辺りが暗くなってきた頃、小さな集落が見えて来た。

「様子がおかしいですね」

 明かり一つない集落に、マルコが偵察に走る。

「遅かったかな」

 ダニエルが呟くように漏らす。


 男はダニエルの呟きに少し、少しだけ、焦りのようなものを感じた。

 トーマスは砂漠を抜けてから、まったく喋らない。

 暗い所為か、トーマスの顔色が、酷く悪く見えた。

 彼が気にしているのは、北の部族か、逃げたセルジュか。

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