第185話 砂漠の遺跡
「虫なら頭くらいなくても、動くかもしれないしな」
動かなくなっても油断なく、クモから離れる男。
アソンが唖然と男を見ていた。
隣のジェシカも呆然と、口をあけていた。
「でかしたなリト。愛してるぞぉ」
わしゃわしゃとリトの頭を撫でる男。
「知ってる。えへへぇ」
頭を撫でられ、蕩けるような笑顔になるリトだった。
「やっぱり、とんでもない人ですねぇ」
呆れるような戦闘を見て来たマルコだが、溜息まじりに男を見ていた。
素材や肉が採れる訳でもない、無駄に厄介なクモだった。
急いでいたのを思い出し、死骸を放り出して遺跡を目指す。
遺跡は砂に埋もれた地下遺跡だった。
その入口に青年が一人座り込んでいる。
「ドゥク!」
ジェシカが叫んで駆け寄る。
どうやら彼が、
左の太腿に巻いた布に、血が滲んでいる。
怪我で動けないようだ。
魔物や敵の存在などお構いなしに、叫んで駆け寄るジェシカだった。
「ジェシカ! なんでこんな所に」
「帰って来ないから探しに来たの。さぁ、一緒に帰ろう」
「中でしくじって戻って来た処なんだ。まぁ死にはしないし、少し休めば動けるさ。王国から逃げて来た男なら、たぶん中で会ったぜ。北へ向かって行った筈だ」
王国から追って来た説明をするマルコに、ドゥクは中で会った男の情報をくれる。
「何をしに中へ入ったのか分かりますか?」
「さぁなぁ。何か黒っぽい石を、持って行ったみたいだけどな」
何か必要なアイテムでも眠っていたのだろうか。
「そんな事より怪我してるんだから早く帰らなきゃ」
ジェシカがドゥクを立たせようと急かす。
「そんなすぐには動けないよ、ジェシカ」
だが、そんな時にこそ危難は、畳み掛けるように襲い来る。
ジェシカの叫びに呼ばれたかのように、すぐ目の前の砂が盛り上がる。
一人跳び
男よりも一瞬遅れて、マルコも飛び
砂の中から現れたのは黒い甲殻。
人よりも大きな、黒いサソリだった。
脇腹に入った赤いラインが不気味だ。
「くそっ、こんな時に。ジェシカ逃げろ!」
「いやっ! あなたを置いてなんて、行ける訳ないでしょ!」
邪魔なジェシカを、逃がそうとするドゥクだった。
しかし、ジェシカはドゥクから離れない。
地雷女ジェシカは、動けないドゥクの腕を離さない。
わざとやっているのか、ドゥクの利き腕に抱き着くジェシカ。
「アレはもう無理だなぁ。かわいそうに」
いち早く離れていた男が、そっと手を合わせた。
その後ろで、意味を理解しているのか、リトも真似て手を合わせていた。
右腕を女に封じられ、左足は怪我で使えない。
身動き出来ないドゥクに、サソリのハサミが突き出される。
為す術もなく、巨大なハサミに、頭を潰されるドゥク。
「ひっ……」
目の前で潰れる頭を見ながら、声も出ずに固まるジェシカ。
実はドゥクに、何か恨みでもあったのだろうか。
「リト。アレ、撃ってみな」
「あい」
リトのボウガンから放たれたクォレルがサソリの背に当たる。
金属音に近い、
「硬そうだなぁ。虫の背中の音じゃないだろう」
男が嫌そうに顔を顰める。
サソリは動かなくなったドゥクを貪り食っている。
「いけそうですか?」
マルコが男の後ろから、囁くように訊ねる。
「サソリは苦手なんですよねぇ」
「え、そうなんですか? 意外ですね」
男にも苦手な相手が居た事に、驚くマルコだった。
確かに剣も刺さらなそうだし、戦い難いだろう。
しかし男が苦手な理由は、もっとずれていた。
「エビに似た味ですが、あの苦味が苦手なんですよ」
「…………」
苦手なのはサソリ肉の味だった。
余りにも予想外すぎて、マルコは言葉もない。
サソリ
硬い甲殻に、大きなハサミと、尾の先の毒針。
人より大きい個体は、単純に強く厄介な相手です。
食べ方もカニに近く、見た目は甲殻類ですが脚が一対足りません。
頭胸部と腹部の2つに分かれていて、頭胸部に4対の脚があります。
そうです無脊椎動物のクモ類ですね。
前回出たクモは、脚が10本なので、クモではありません。
サソリの見た目は、カニやエビですが、クモの仲間です。
肉は僅かしかなく、苦味のあるエビのような味が多いようです。
ウニの様な、ベチャッとした肉が、硬い殻の中にあります。
因みにウニの可食部は、肉ではありません。
ウニの様な、と紛らわしい表現をした事、お詫び申し上げます。
「お食事中のようなので、今の内にこっそり逃げる。ってのはどうです?」
「いやぁ、まだ女性が生き残ってますから……出来れば助けて欲しいです」
こっそり逃げようと言い出す男に、マルコが女性だけでも助けようと宥める。
どう見ても、その女性の所為で、ドゥクはエサになっているが。
「まぁ、やれるだけ試してみるのも良いでしょう」
至近距離からのクォレルすら弾く甲殻に、少し興味が湧いたようだ。
そっと、砂の海を音もなく、忍び寄る男。
腰の真改が引き抜かれ、
まるでドラム缶でも叩いたような音が響く。
そのしっぽは激しく揺れるが、少しへこんだくらいで斬れてはいなかった。
「はぁ~、かったいなぁ」
男の技量で斬るには、このサソリは硬すぎる。
食事の邪魔をされたサソリが、男に向き直った。
虫の表情は分からないが、きっと怒っているのだろう。
いや、虫に感情があるのだろうか。
右のハサミが予備動作なしで、男の脛へ突き出される。
男がそれを刀で払うと、左のハサミが振り上げられる。
仰け反るように躱した男に、毒針が振り下ろされる。
胸に向かって迫るしっぽを、身を捻って躱す。
男はそのまま転がって距離をとる。
「速さも威力もなかなかだな。肉が少ないからか、重さがイマイチかな」
割と余裕がありそうな男だが、流石の日本刀でもサソリは斬れそうにない。
これは無理だと、男は潔く諦めた。
歯が立たない刀を鞘に仕舞った男に、大サソリが毒針を振り上げ襲い掛かる。
諦めた男を見て、トーマスとダニエルが、走って逃げだした。
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