第184話 砂漠の捕食者

 先頭に立ち、遺跡まで案内する、と言い張るジェシカ。

 それをなんとか宥め、案内役のトーマスを先頭に進む。

 まぁ、この男トーマスも、どこに導く気なのか怪しかったりはするが。

「不味いな」

 何かを見つけたトーマスが立ち止まる。


「くそっ。こんな時に」

 を見つけたアソンも舌打ちをした。

「面倒事ですか?」

 周囲を警戒するマルコ。

 慌てず背後の警戒をするあたりは流石ではある。


「トラリニハナキチイ。ラクダを食らう者だ」

「北の部族では、クモと呼ばれる魔獣……というか虫だ」

 正面を睨みながら、アソンが砂漠の民の言葉で伝える。

 トーマスも知っているようだった。


「厄介なら逃げるか、やり過ごしますか?」

「無理だ。アイツはラクダより速い」

 マルコの言葉にトーマスが、諦めたような口調で反論する。

「一人なら、俺が死ぬだけで済んだのに。だから仲間は嫌なんだ」

 思いがけず、可愛いセリフを漏らすアソンだった。

 仲間が嫌なのでなく、目の前で死なれるのが、嫌だったようだ。

 どこかの男とは大分違うようだ。


 砂の上を滑るように駆けてくる、仔牛大の虫。

 少し平たいクモの様な見た目で、まっしぐらに駆け寄ってくる。

 肉食の砂漠の捕食者は、一行を餌だと認識したようだ。

「まぁ、エサになりたくないなら、足掻くしかありませんねぇ」

 腰の刀を抜いた男が前へ出る。


「アレと戦う気なの? 人がどうにか出来る相手じゃないよ」

 刀を構える男に、おかしな事を言い出すジェシカ。

 大人しく喰われろ、とでも言うのか。


「目に気を付けろ」

 男に声を掛けて、トーマスは後ろへさがった。

 ダニエルとマルコも、邪魔をせずに下がっていた。

 邪魔なのはジェシカただ一人。

 そのジェシカの前に、剣を構えたアソンが無言で立つ。

 彼女を守る気なのか、邪魔をしないように、監視する気なのか。

 取り敢えずジェシカはアソンに任せ、男は目の前のクモに集中する。


「どっちかってぇと、ヒヨケムシだな」

 ほぼクモに見えるが、その足は十本あった。

 その虫は砂に埋まる事なく、凄まじい速度で男に迫る。

 男は剣先を下げ、ギリギリまで引き寄せる。

 間合いに入ったクモへ、井上真改を振り上げた。


 音もなく斬り上げる刀が空を斬る。

 人を超える反応速度で横に跳び、斬撃を躱したクモが男に跳びかかる。

 その下を潜り抜けるように、攻撃を躱した男がさらに刀を振るう。

 跳び掛かるクモを躱しながらではあるが、またしても男の攻撃は空を斬る。

 足場が砂地なのもあるが、想像以上に素早いクモだ。


 刀を鞘へ仕舞った男が、半身に構える。

 着地したクモが、男に振り返り首を傾げる。

 攻撃が当たらず、男が生きているのが、理解できないのか。

 そんな知能もないだろうが、そんな事を考えているようにも見えた。


 互いの攻撃を躱され、立ち位置を入れ替える男とクモ。

 踵を上げ爪先へ、右足に重心を掛ける。

 前へ出した左足の前へ、軽く握った左手が降りる。

 右手は顎の下で握りこまれた。


 刀ではクモのスピードについていけない。

 そう判断した男は、素手で相対する。

 見た事もない構えを警戒したのか、そんな知能があるのかクモが男を見つめる。

 それも長くは続かない。

 両者は同時に動き出す。


 男の左足が砂を蹴る。

 クモの瞳が妖しく光った。

 真っ赤になった目から、赤い液体が迸る。

 毒性を持つクモの血液だった。


 どこかのトカゲのように、自分の血を目から飛ばすクモ。

 弾幕の様に広がる、蹴り上げられた大量の砂。

 砂粒がクモの飛ばす血液を、吸い込んで落ちていく。

 砂を蹴り上げた男は横に跳んでいた。


 血を飛ばすクモの横に回り込み、そのケツにケリを打つ。

 右の下段回し蹴り、ローキックが、死角からクモを襲う。

 十本の脚が砂の上を蠢き、砂に沈む事なく素早く移動する。

 死角からのローキックも、クモには効かない。


 また同じ構えをとる男と、向かい合うクモ。

 自分の血液を、何度も飛ばせるものでもない。

 今のは取って置きの攻撃だった筈だ。

 次は飛び込んでくる。


 そう読んだ男の左手が上へあがる。

 右手が強く、硬く握られる。

 開いた左手が、ゆっくりと前へ。

 まるで照準を合わせるようにクモの頭へ伸びる。


 一気に飛び込むクモと、体が伸びる男。

 耳の後ろで硬く握られるこぶし

 握りこまれた人差し指と中指に、親指が力強く添えられる。

 引き絞った右腕が放たれる矢のように、飛び込むクモへ打ち下ろされる。


 クモはそれにも反応した。

 飛び込みながらも横に跳び、男の拳を躱そうとする。

 だが、男と共にいるのは『便利な弾除け』だけではなかった。


「それはさせない」

 いつの間にか、クモの後ろに回り込んでいた、リトが脚を掴む。

 男の攻撃を躱そうとするクモに、リトのダメ出しが出る。

 背後から足を掴まれ、回避行動を潰されるクモ。

 虫のクモのように、脆い脚ならば、助かったかもしれない。


 しかし、そのクモの脚は太く丈夫で、ちぎれたりもしなかった。

 動きの止まったクモに、男の拳が突き刺さる。

 頭が半分陥没する一撃に、倒れて痙攣するクモ。

 当然それで満足する筈もない、臆病な男が跳び掛かる。


 胸のベルトからナイフを、鍔のないダガーを引き抜き突き刺す。

 胸部にダガーを突き立てられ、クモの動きが止まる。

 中枢神経を切断され、目の光がゆっくりと消えていった。

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