第183話 砂漠の民

 見渡す限りの砂の海、砂の山。

 涼しくなる夜に移動したい処だが、そんな暇もない。

 昼夜を問わず歩き、明け方から気温が上がるまでの、数時間だけ眠る。

 何で出来ているのか、ガサガサするフード付きマントを着て歩く。

 二枚重ねのマントが、陽の光から肌を守ってくれる。

 砂に埋まる脚を引き抜き、黙々と砂漠を進む。

 オアシスの場所を知っているというアソンを先頭に進んで二日。

 貴族のお坊ちゃまであるダニエルも、なんとかついて来ていた。


 どこまでも続く果て無い砂漠に、懐かしさを感じる男だった。

 派遣会社から派遣されたサハラ。

 罠とも言える依頼で向かったルブアルハーリー。

 ヴァカンス気分の気楽な仕事だった筈のゴビ。

 モンゴル語で『砂漠』を意味するが、日本ではゴビ砂漠と呼ばれていた。

 男は向こうの世界での、若い頃の傭兵稼業を思い出していた。

 使い捨ての傭兵であり、寄せ集めの派遣傭兵。


 思い返せば、どこでも仲間は全滅していた。

 しかし男は、どこでも一人だけ生き残っていた。

 仲間は要らないというアソン。

 その気持ちも分からなくはないが、男は仲間を要らないとは思わない。

 弾避けは多い方が良い。


 そんなくだらないことを考えながら、黙々と歩いていると光る何かが目に入る。

「見えたぞ。オアシスだ」

 アソンが指差す先には、僅かに緑が見える。

 砂の上に浮かぶ蜃気楼のように、水場が光っていた。


「そういえば蜃気楼は、貝が見せる幻だとか」

「なんですかソレ」

 ふいに思い出した男の、漏らした言葉をマルコが拾う。

「祖国に伝わる昔話です。幻を見せる大きな二枚貝がいるそうですよ」

「へぇ~、面白い言い伝えですねぇ」


「ふん。貝は海にいるもんだ。砂漠にはいない」

 面白いというマルコと、なアソン。

 二人の反応に、男の口元が綻ぶ。

「この砂漠の蜃気楼は、誰の見せる幻想なのでしょうねぇ」


 オアシスには砂漠の民の一族が集まっていた。

 ラクダを連れ、砂漠を移動しながら、生活する一族だ。

 彼らは移動するオアシスと共に、砂漠をさすらう部族だった。

「彼らの族長は知り合いだ。俺が話してくるから待っていろ」

 交渉事と情報収集は、地元のアソンに任せる事にした。

 水場近くの木陰で、休んで待つ事にした。


「うん。いい感じになってますねぇ」

 男がひらいて、ザックに吊るしてきた魚が、干物になっていた。

 そこらの石に乗せると、焼けて良い匂いがしてくる。

「ん~! んまぁ~」

 石焼きの干物をリトに喰わせると、蕩けそうな笑顔がこぼれる。


「んんっ。これは、旨いな」

「一杯欲しくなりますねぇ」

 千切った干物を齧る皆にも好評だ。

 ダニエルも気に入ったようだし、マルコは酒が恋しいようだ。


「木陰で旨い干物を齧っていれば、情報を持って来てくれるんですから……」

 魚を千切って口に入れた男の言葉に、笑顔のリトが後を続ける。

「仲間は便利」

「いやぁ、それを仲間というのは違うと思いますが……」


 仲間を必要としなさそうな男と、一人が良いとうそぶくアソン。

 似たような二人の違いに、気付き始めたマルコ。

 自分とリトを仲間だと思っているのか、聞いてみるのが恐いマルコだった。

「リトは仲間ではありません。家族ですよ」

 苦笑いしているマルコの頭の中を読んだように、男がそっとマルコに告げる。

「……そうですか」


「アンタ達旅人でしょ。北の遺跡まで、一緒に行って欲しいんだけど」

 部族の少女が木陰で休む男たちに、突然声を掛けて来た。

 頭にターバンのような物を巻いて、マントを着た少女だ。

 思い込みと意志が、強そうな顔の少女だった。

 向こうに居る一族の者らは、面倒そうな困ったような顔で見ている。


「私たちは急いでいるので、すみませんが付き合えませんよ」

 マルコが優しく断るが、少女は聞こえないのか気にもしていない。

「私ジェシカ、よろしくね。探索者シーカーをやってるドゥクが北の遺跡を探索に行ったんだけど帰って来ないのよ。心配だから見に行きたいの」

 男たちの都合など構わず、自分の用件だけを伝えるジェシカ。


「いやぁ危険ですよ。大人しく待っていた方がいいですよ」

 少女の腰にはシミターがぶら下げてあるが、あまり戦力にはなりそうもない。

 しかしマルコの言葉が聞こえていないのか、遺跡に行きたいと言って聞かない。

「役には立たないかも知れないけど、私が行かなきゃいけないと思うの!」


 意味の分からない理屈で、ドゥクとかいう探索者を追いたいようだ。

「残念ながら次の目的地は、その遺跡だ」

 情報を得て戻ってきたアソンが告げる。

「どういう事ですか」


 マルコにアソンが、面倒臭そうに答える。

「王国から来た男は北の遺跡に向かったそうだ。何か欲しいものがあるらしい」

 逃亡中のセルジュが、向かったのならば否やはない。

 そこが彼の目的地なのだろうか。


「それならば我らも向かうしかないな」

 ダニエルも、遺跡行きに賛成する。

「そこならば聞いた事がある。厄介な虫系の魔物が多い筈だ」

 暫く大人しかったトーマスが、案内役らしく、遺跡の情報を出してきた。

 頭を潰しても動いたり、毒があったり、虫は厄介なのが多い。

「丁度良かったぁ。遺跡までは案内してあげる」

 ジェシカの同行も決まってしまった。


 早速北の遺跡へ向かう、一行6人と砂漠の民の少女。

 基本、戦闘には参加しないマルコ、ダニエル、トーマス。

 連係どころか、共闘する気もないアソン。

 ただの罠か嫌がらせか、同行する少女ジェシカ。

 マスター意外はどうでも良い、ブレないリト。

 リトだけが心の拠り所となる男だった。


 次回予告

 砂に埋もれた古代遺跡で待つのは逃亡者なのか。

 厄介な魔物の彷徨うろつく遺跡で生き残るのは……

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