第180話 子供の仕事

 帝国の軍服を着た老人が、同じ軍服の女性を連れて立っていた。

「おじいちゃん……あっ」

 シアが、ついポロっと呼んでしまい、口を押える。

 そんな軽く呼んでいい老人ではない。


「久しいの、英雄殿」

 国境警備隊を指揮していた帝国軍人、ヴィルムと副官カリンだった。

「て、帝国だと。こっ、ここは評議国だぞ!」

「ギルドには口出ししない筈だっ!」

 帝国軍人の登場に、マルタンもハディも慌てる。


「そこの子供らは帝国の民ではないかな? その子らを返してもらおうか」

 ヴィルムは立てた斧に手を掛け、ゆっくりと話す。

 老兵とはいえ、流石は歴戦の戦士だ。

 立っているだけでも、その威圧感に誰も動けない。

 実際に国を滅ぼすような、悪魔と戦えるほどの戦士だ。


「やっぱり、あの子達は攫われたんですね」

「じゃあ助けていいんだ」

 カムラもトムイも、助けていいんだと、やる気を出す。

「そう簡単にはいきません」

 後ろに控えていたカリンの厳しい声が二人を止める。


「此処が評議国だからですか?」

 シアがカリンの傍へ寄る。

「それもあります。国を跨ぐ組織であるギルドには、簡単に手を出す訳にもいかないのです。だからこそ奴隷商人も、ギルドの支部長に小遣いを与えているのでしょう」


「だがなぁ……もう、いいのではないか? まったく面倒な仕事が回ってきたのぉ」

 何故か国境警備から、子供の捜索に回されたヴィルムだった。

 副官のカリン任せな仕事だった。

 ヴィルムは交渉抜きに、武力で取り返せば良いと考えていた。

 血の気の多いじいさんである。


「て、帝国が出てこようと、そこの小僧は許されんぞ!」

 天辺のハゲたギルド支部長ハディが、帝国兵を見ないようにカムラに凄む。

「え~……そんな事言われてもぉ」

 地面に突き立てた盾に鉄杭を仕舞うカムラ。

 ギルドと敵対しても、子供達を連れて帰る気でいるようだ。

「我ら帝国は英雄殿に借りがあるのでな。相手が誰であろうと、帝国は彼等につく」

「は……はぁ? バカな……そんな事で帝国が、動くわけがなかろうが!」

「そうだ。いち兵士が調子に乗るな」


 ヴィルムは勝手に、カムラと共に戦うと宣言してしまう。

 ハディとマルタンも驚くが、口だけだと笑い飛ばす。

「おじいちゃん……カッコイイ。惚れちゃいそう」

「いやぁ……嬉しいけど、ダメでしょう」

 トムイとシアも、ヴィルムの言葉に驚き、その顔を見つめる。


 勝手なセリフに驚くカリンだが、大きく溜息を吐くと老兵の身分を告げる。

「今は御子息に家督を譲られ軍に入隊しているが、元々は帝国貴族。しかも帝国に3人しかいない辺境伯だ。貴族も軍も動かせるがある」

 伯爵の中でも特に、金と兵力を持つ防衛の要、辺境伯は権力も発言力も馬鹿に出来ない貴族であった。さらにヴィルムの力は軍部にも及んでいた。

 ただの暴れ老人ではなかった。

 流石にカムラ達も驚きに声も出ない。


 出て来た冒険者達も、怯んで狼狽えだすが、商人は諦めずに叫ぶ。

「何者だろうと、今は軍を連れてはいない。ここから生かして返すな」

 悪あがきをする事を決意したようだ。

 英雄と帝国を相手に、奴隷商人が足掻く。

 そこへ第二の援軍、町に着いた一行が、騒ぎの場に現れる。


「おやおや……揉め事ですか。ギルドに迷惑を掛けてはいけませんねぇ」

 暢気な男がカムラに声を掛ける。

「しっ、しっしょー!」

「よっ。シアおひさー」

 予想外の男の出現に叫ぶカムラ。

 片手を軽くあげて挨拶するリト。

 東の町へ到着した男の一行が、騒ぎの現場に顔を出した。


「な、なんだ、お前達。お前らもギルドに敵対する気か!」

 じりじりと、後ろに下がるハディが、精一杯強がっている。

 静かに睨みつけた男が、左足を踏み出す。

「こ、この子供達が、どうなってもいいのかぁ」

 男が飛び込もうとしたところで、マルタンが叫ぶ。


 奴隷に攫ってきた子供達を人質にとった。

 首輪についたロープを纏めて掴み、子供達を盾にする。

「幼子を盾にするとは、見下げ果てた奴め」

「しかし、手出し出来ませんよ」

 まっすぐな老人は、相手も正々堂々、戦うものだと思い込んでいた。

 カリンも子供を盾にされては手が出せない。


「ど、どうしよう、どうしよう。シア、カムラぁ」

「師匠? あの子達、助けたいんですよ?」

「あのぉ……シショー……子供は、斬らないで欲しいんだけど……」

 カムラ達は、慌てて男を止めようとする。

 男なら、子供ごと斬り捨てるとでも思ったのだろうか。

「失礼ですね。幼い子供を、見捨てたりしませんよ……たぶん」


「おう……外道でも、やっちゃならねぇ事ってのが、あるんじゃねぇかい?」

 さらに追加の援軍か、後ろから静かな低い声がする。

「ひっ……な、なんで、こんなところに……」

 その声に振り向いたマルコが、声の主に驚き固まった。


 どこかで見た気もする、黄金の髪とエメラルドグリーンの瞳。

 ずんぐりとした体形で、歳は40代前半くらいに見える。

 何故かパリっとしたワイシャツに黒いネクタイ。

 真っ黒なスーツに、黒いフェドーラ帽。

 全身黒い男は、マフィアのボスにしか見えない。

 そんな異世界な格好のおっさんが、葉巻の煙を吐き出した。


 妙に威厳を感じさせるマフィア風のおっさん。

 いつの間にか伯爵の三男、ダニエルが膝を着いて、頭を下げていた。

「どちら様で?」

 男の問いにマルコが震えながら答える。

「現在の王兄……カリム様と同じく、王国の公爵デュークシモン様です」


 大分歳が離れてはいるが、カリム様の祖父の兄の孫だった。

 言われてみれば、どことなくカリム様や王子にも似ている。

 しかも現在の王の兄だという。

 何故か弟が王位を継いでいたようだ。

 こんな他国をうろついていて良いのだろうか。


「ん? 俺を知っているのか」

「エミール様の部下、マルコです」

 シモンの後ろに控えるスーツ姿の女性が答える。

「あの女性はセリーヌ嬢。魔法使いだとか、未来が視えるとか噂があります」

 マルコが有能な女性だと、男にひっそりと伝える。


「公爵!」

「なんでこんなところに……」

 冒険者達も公爵の登場にざわつき始める。

「なんか大事になっちゃったねぇ」

「あの~、なんか……ごめんなさい」

「攫われた子供達を帰らせてあげたかっただけなんです」

 騒ぎが大きくなってしまい、カムラ達が委縮して謝りだした。


「後先考えずに走り出すのも、子供の仕事みたいなもんだ。気にするな」

 マフィアのボスが、カムラ達の前に出る。

 盾を持った英雄の、盾になるべく最前衛に立つ公爵。

 その姿にシアが、両手を握ってクネクネしている。

 中年好きな少女だった。

 しかし今回は、カムラもトムイも、目をキラキラさせていた。

 男は面倒臭そうに、大きく溜息を吐く。

 その予想通り、面倒事は男に振られることになる。

 

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