第178話 我儘小僧

「それは何かのまじないですか?」

 宿の朝、男がヴィオラに問いかける。

 彼女は夕べ窓辺に置いた、小さな土人形を仕舞っていた。

「あら、知らなかった? 王国にはないのかしら」

「見た事はありませんねぇ。リトは知ってるか?」

「虫除けみたいなもの。この辺りにだけいる虫」

 リトは知っていたようだが、興味なさそうだ。


「ふふ……あやかしカタムスビが出ないようにするの」

「カタ……ムスビ?」

「細長いものを置いておくと妖が来て、結び目を作っていくのよ」

 おかしな妖怪が出る国だったようだ。

 ケーブルなどを丸めて置いておくと、絡まってるようなものだろうか。

 昔、イヤホンケーブルが絡まっていたのは、妖の仕業だったのかもしれない。

 暗殺者に襲われる事もなく、穏やかな朝を迎えた一行は東へ旅立つ。


「やっと着いたぁ」

「この国は暑いねぇ」

「ほら、シャキっとしなさい。まだ報告が残ってるでしょ」

 暑い評議国に慣れていない3人の少年少女が町に到着する。

 3人は東の町に入ると、ギルドを目指した。


 帝国のギルドで受けた依頼の報告だった。

「簡単な討伐とか言われたのに、結構大変だったなぁ」

 と、大きな盾を持った、重装備の少年。

「まさか、あんなに増えてるなんて思わなかったもんねぇ」

 と、革の鎧を着た軽装の少年。

「なんとか片付いたし、少しはゆっくりしましょ」

 と、細身の槍を持った少女。

 Aランクへ昇進した『英雄』カムラ、トムイ、シアの3人だった。


 3人がギルドへの報告を済ませて報酬を受け取る。

 そこへ子連れの商人が入って来た。

 ボロを纏った6人の子供達は汚れ、やつれていた。

 革の首輪を付けられ、そこから伸びるロープに繋がれている。

 奴隷として売られていく子供達のようだ。


 太ったカエルのような商人が受付へ進む。

 ロープを持つ男は護衛だろうか。

 筋肉質の大男で、反り上げた頭の辺りだけに毛が残っている。

 その髪を束ねて、後ろへ垂らしていた。

 まるでランプの精霊のような見た目だが、人間ではあるようだった。


 ランプの精

 千夜一夜物語の『アラジンと魔法のランプ』や、ディ〇ニーのアニメ映画が有名でしょうか。ランプから煙と共に現れ、人の願いを叶えてくれるナニカです。

 ジンとも呼ばれ、風の精霊だったり、魔人だったりもします。

 罰でランプに閉じ込められていたり、ランプに宿った精霊だったりもします。

 元はアラブの方の話のようですが、長い年月の間に世界中に広がり、属性が足されていき混ざり合い、もうなんだったのか分かりません。

 肌の色が、青かったり緑だったりもします。

 ジンは男性でジニーは女性名だったりもします。

 ですが今ではどちらも『禿げたおっさん』だったりします。

 一応、女性版のおはなしもあったりはします。

 結局、何なのか謎な存在のランプの精でした。

 まぁ、どうだろうと、今回の話には関係ありません。


 太ったカエルが、ギルドの男性と話し込んでいた。

 ギルドの支部長だろうか、天辺ハゲの、毛深いおっさんと話している。

 カエルと天辺ハゲと天辺以外ハゲ。

 どこからどう見ても、まっとうな人間には見えない。


 子供達に違和感を覚えるカムラ。

「なぁ……何か、変じゃないか?」

「ん~……あの子たち、評議国っぽくないよねぇ」

 カムラの疑問に、トムイが気付いて答える。

「はぁ……余計な事しないでよ? あの子らは帝国人よ……たぶんね」

 溜息を吐きながらも、シアが答えを二人に与える。


「それって……」

 シアを見て、声が続かなくなったトムイ。

 面倒な事になりそうだと、カムラを睨むシア。

 帝国では奴隷制度が禁止された。

 売買も禁止されているはずだった。


「誘拐して奴隷として売るのか……」

 カムラの顔が怒りに歪む。

「やめなさい。ギルドも、この町のお偉いさんも、一枚かんでる話よ」

 無駄だと思いながらも、一応止めようとはするシア。

 トムイは止めるのを諦めたようだ。

「嫌だ! そんなのヤダっ!」

 泣き虫カムラが駄々をこねる。


「おい、なんだお前は。まだ売らないぞ」

 護衛の男が面倒臭そうに声を掛ける。

 いつの間にか子供達にトムイが声を掛けていた。

「カムラー、やっぱり帝国の子供たちだよー。攫われて来たってさー」

 大声で告げるトムイ。


 ざわつくギルド内。

 王都程、大きな建物ではないが、広い建物内には30人程の冒険者達が居た。

 ギルドの支部長が絡み、堂々と商人と話しているくらいだ。

 当然この場の冒険者や狩人達も、奴隷売買は承知しているのだろう。

 帝国から攫って来た子供を、この町で奴隷にして、王国へ売っていた。


「なんだ、お前らは。一緒に奴隷にして売っちまうぞ」

 カウンター内から、商人と話していたハゲが出て来た。

「なんでギルドが奴隷を売ってるんだ。しかも誘拐してくるなんて」

 泣きそうになっているカムラが、震える声で訴えかける。


「子供の奴隷は金になるんだよ。俺は此処の支部長だぞ? 逆らう気か!」

 相手が子供だと思って、怒鳴って追い返そうとするハゲだった。

「子供達は返して貰う。そんなの見ちゃったら、放っておけないんだよぉ!」

 泣きそうな声で叫ぶカムラ。


 せっかくの見せ場なのに、ただの子供のワガママにしか見えない。

「まったく……我儘なんだから」

「ははっ、仕方ないね。カムラだもん」

 溜息を吐くシアと、仕方ないと笑いかけるトムイだった。

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