第177話 北の揉め事

 男に向かって突き出される右手のナイフ。

 男はその手首を右手で掴み、反転すると左肘を顔に打ち込む。

「ぐぁっ!」

 左目の上がパックリと開き、ナイフを落とすゴロツキ。


 その右腕を捻り上げ、右膝を蹴り砕く。

 倒れた肩に足を掛け、腕を捻り上げて肩を外す。

 とどめとばかりに、足刀を側頭部へ入れる男。

 情け容赦ない攻撃に、呻き声をあげる間もなく、意識を失くすゴロツキ。

「てっ、て、てめぇ……ナニモンだぁ」

 パッと見は小柄なおっさんな男。

 その中身を見極められなかった、ゴロツキが今頃慌てていた。


 相方を一瞬で倒され、残ったゴロツキが、裏返った声で叫ぶ。

 男は当然、付き合いはしなかった。

 無造作に近付いた男に、ナイフを突き出す怯えたゴロツキ。

 左手でその手首を掴み、右手が肘へ伸びる。

 男に攻撃をされ、持っていたナイフが自分に向かう。


「ひっぎぃぃっ! ひぃやぁああっ!」

 攻撃の為に突き出したナイフが、自分の顔に刺さるゴロツキ。

 頬を貫通して上顎に突き刺さる。

「もう、満足しましたか?」

 今日の男は機嫌が良かったようだ。

 血塗ちまみれになり倒れる、ゴロツキを残して立ち去る。

 とどめを刺さずに立ち去る男を、マルコ達が追いかけた。

 助けを求めた女が一人立ち尽くしていた。


「ちょっ、ちょっと待って!」

 走って追いついたヴィオラが、男の前に回り込む。

「まだ何か用ですか? あまり関わり合いになりたくないのですが」

 男は心底、迷惑そうに告げる。


「いやいや。女性が襲われてたのよ? 放って立ち去るなんてある?」

「結果、助けたでしょう。もう、巻き込まないで下さい」

「お願い。助けがいるの。どうしても東の町まで行かなきゃいけないの」

 必死に頼み込むヴィオラ。

 余程の事情があるのだろう。


「どうでしょう? 話だけでも聞いてあげては……」

「おお、そうだ。女性を助けるのは男の義務だぞ」

 ほだされたマルコとダニエルが、男を宥めて説得を始める。

「はぁ~……面倒ですが、任せますよ。好きにして下さい」

 溜息を吐きながら男が折れた。

 やはり、今日は少し機嫌が良いようだ。


 ヴィオラを連れて宿へ向かう。

 3人部屋が二つ空いていた。

 男の部屋にはリトがいるからと、ヴィオラも押し付けられた。

 取り敢えず男の部屋に6人が集まった。

 思い思いの場所へ、それぞれが座る。

 ベッドに座った男の膝に、荷物をおろしたリトが座る。


「改めて……北の部族の族長の娘、ヴィオラよ。父は暗殺されたの。誰なのか分からないけれど、北側の部族を操っている者がいるみたいなの」

「助けを求めに東の町へ?」

 マルコに頷いたヴィオラが説明を進める。


「北側では、殆どの部族が同調して南へ攻め込む気でいるの。反対していた父も暗殺されて、私も狙われているけれど、戦争を止めないと」

「南へ……王国まで攻める気か?」

 貴族のダニエルが訊ねる。

 自分の領地が戦乱に巻き込まれるか心配なのだろうか。


「正直分からない。南側ほど、王国と友好的ではないけれども」

「やっと南側が落ち着いたところです。今、内戦になるのは王国としても困ります」

 貴族ではないが、諜報活動もしているだろう、マルコが少し慌てる。

「こっちも望んでないから止めたいの。東の町に、父の妹がいるのよ」

「その叔母様ならば、戦を止められるのですか?」

「戦士を集めて、扇動している者を止めるの。北の皆が動き出す前に止めなきゃ」

 大陸一の人口らしい評議国が、南北に分かれて戦を始めたら確かに大事おおごとだ。


「まぁ、どうせ東の町へは行くのですから……どうでしょう?」

 マルコが男の顔色を窺う。

「やめて下さい。こちらは傭兵ですよ」

 国どうしや、国政の都合もあるだろう事には、男は口を出す気はなかった。

 ヴィオラの動向に、反対はしないようだ。

 暗殺者に襲われた場合、相手をするのは男なのだが。


 妹だと叔母、姉だと伯母になるそうです。

 読みはどちらも『おば』なので、セリフだと意味のない違いです。


「ありがとうございます! 町へ着いたら、出来る限りの報酬を渡します」

 東の町までの同行を許されたヴィオラが頭を下げる。

 敵対勢力が、何処に紛れているか分からない。

 そのため、なるべく身分を隠して、町へ入りたいヴィオラだった。

 マルコの持つ身分証で、一行に紛れて町へ入りたかった。


 そんなヴィオラの話を、どう受け止めたのか。

 部屋の男達は同じ話に、それぞれ異なった表情を見せていた。

 国と領土を心配する素振りを見せながらも、どこか嬉しそうなダニエル。

 戦争になって活躍すれば、爵位を賜るチャンスだとでも考えているのだろうか。

 彼は貴族の三男なので、婿養子に行けなければ平民となってしまう。


 一言も口を挟まず、何か憂いているかのようなトーマス。

 彼の心配は逃亡中の教団幹部セルジュか、帝国の動向か。

 何かを心配し、思い悩むように、唇を噛み床を見つめていた。


 そんな彼等をこっそり眺める男。

 少しだけ、ほんの少しだけ面白そうだと。

 そんな感じで、口元が緩んでいた。

 そんな男の膝の上で見上げるリト。

 彼女には戦乱も何もかもが、どうでもよかった。

 乳のデカイ女が、マスターに近付かなければ。


 各々、何かを秘めながら、一行は東の町を目指す。

 北では幾つもの部族が、戦支度を進めていた。

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