第176話 馬蕗の闘技場

 観光をする間もなく、城塞都市を後にする追跡者たち。

 普通は何か、トラブルに巻き込まれたり、するものではないだろうか。

 乳のデカイ女に出会っただけで、一行は都市を出て行ってしまう。

 男達は海にも近い東の町を目指す。


「まだ少し早いようですが、今日はこの町に泊まりましょうか」

「この先は東の町まで何もないからな」

 小さな村に着いた処で、マルコが宿をとろうと言う。

 まだ陽も高いが、ダニエルも賛成する。

「ここは市場がたつので有名だ。宿は此処にしかないだろうな」

 トーマスも最後の宿だと言う。


「まぁ、地理はさっぱりなので任せますよ」

 目標物を目にするまで、男に否やはない。

 マルコの判断に任せて、従うつもりの男だった。

「市場を見ても、今は何も買えませんねぇ。闘技場でも行きますか?」

「そうだな。まだ早いし、闘技場くらいしか見るものもないな」

 マルコの提案にトーマスが、選択肢もないと答える。


 町の中央には露店が立ち並ぶ、いちが出ていた。

 評議国中から集まった露天商が品物を広げていた。

 中には王国や帝国から来た者もいるようだ。

 大陸全土を見ても、最大級の市場だった。

 そんな市を抜け、町外れへ向かう一行。


 人集ひとだかりのしている一角では、粗末な木の柵があった。

 柵に囲まれた中では、パンイチの男二人が殴り合っていた。

 馬蕗うまぶきと呼ばれる、手のひらサイズの木の根を掴んで殴り合う。

 根っこを手放して落とした方が負けという、シンプルな殴り合いだった。

「この辺りでは有名な娯楽だな。賭けもしているぞ」

 トーマスが簡単なルールを説明してくれる。


 柵の中では若い男が、体格の良い男に攻め込まれていた。

 若いというよりは幼さも残る少年に見えた。

 喧嘩好きや、金が必要な者、様々な理由で誰もが参加できた。


 丸太のように太い、おっさんの腕がうなる。

 少年は素早く攻撃を躱していたが、ついにおっさんが少年を捉えた。

 大振りの右を躱した処へ、小さく突き上げる左が顎を突き上げる。

 少年の動きが止まった処へ、右のこぶしが振り下ろされた。

 少年が崩れるように片膝をつく。


 嗜虐心が刺激されたのか、中年の男がいやらしく笑う。

 左手を大きく開き、少年の髪を掴む。

 そのまま、動けない少年の顔に、右の拳を打ち付ける。

 殴る度に興奮していき、夢中になって殴り続ける。

 相手が倒れようが、死のうが、試合が止められる事はない。

 決着は一つだけだった。


 殴り続ける男に、後ろから近付いた審判の男が、いきなり膝裏を蹴る。

 片膝をついたおっさんの手を掴んで捻って抑えつけた。

「試合終了。お前の負けだ」

 興奮して殴り続けていた男は、左手に掴んでいた木の根を落としていた。

 どんな理由があろうと、どんな状況だろうと、根を離せば負けだった。

 意識もなく動けない、勝者の少年が運ばれていった。


 馬蕗は迷宮から流れて来た食材でした。

 しかし、その見た目と臭いから、食用としては定着しなかったようです。

 それでも迷宮からの流れもの。

 何か不思議な力があると、そんな噂が広まりました。

 結果、儀式などに使われる神聖な根として、定着しました。

 日本では馬蕗……または『ゴボウ』と呼ばれます。


 マルコが何やら、キラキラした目で、リトの隣の男を見ている。

「どうかしましたか? そんな期待を込めたような眼で見つめないで下さい」

「えっ……出場しないのですか?」

 どうやらマルコは、男が殴り合いに出るものだと、思い込んでいたようだ。


「嫌ですよ。痛いのも殴り合いも嫌いです」

「えぇえっ! 嫌いなんですか!」

 余程の事だったのか、ちょっと聞いた事のない程、大声でマルコが驚く。

「人を何だと思っていたのですか。あんなものに、出ませんよ?」

 男は殴り合いは嫌いだった。

 好きなのは、一方的に殴る事だった。


 普通主人公なら、何かしら理由を付けて、出場するものではないのでしょうか。

 情報を得る為、出会ったばかりの他人を助ける為、または人を殴りたいが為に。

 そこから話が広がるものでは、ないのでしょうか。

 しかし男は余計なイベントには、首を突っ込んでくれません。

 それでは何もないまま旅が続くだけなので、トラブルがやってきます。

 いつまでたっても近付いてこない相手に、トラブルが突っ込んできます。


「何か嫌な予感がします。少し急いで宿へ向かいましょうか」

 男が突然移動しようと言い出す。

「わかりました」

 男の予感を全面的に信頼しているマルコが短く答えて、来た道を戻り始める。


「キャー! たすけてぇ!」

 そこへ女が、フード付きマントをした女が駆けて来る。

 わざとらしい悲鳴をあげる、見た事のある女が駆けて来る。

 男が逃げる間もなく、女は男の後ろに隠れた。


 追ってくるのは、二人のゴロツキ。

 金で雇われたような、ナイフを持ったゴロツキが二人。

「ごめんなさい。見つかっちゃったの」

「は?」

「アンタたち、残念ね。この人がいる限り、私には手出し出来ないよ」

 後ろに隠れた女が、仲間かのようにゴロツキに叫ぶ。


「てめぇ……そいつを守ろうってのか」

「構わねぇ……一緒に片付けちまおう」

 ナイフを持った二人が、問答無用で男に襲い掛かった。

「はぁ~……」

 大きく溜息を吐く男。


 回避したいトラブルが、渾身のタックルをかましてきた。

 躱す間もなく、纏わりつかれる男だった。

 マルコとリトは、何も言わずに男から離れる。

 訳が分からないまま、トーマスとダニエルも、男を置いてさがっていった。

 取り敢えず、巻き込まれた男を、助けようとする仲間はいなかった。

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