第175話 東へ

「ねぇアンタ達、何しに来たの?」

 目深にフードを被った女が、男達に声を掛ける。

 マントで体も隠しているが、声はまだ若そうだ。

 豊かな黒髪と胸元がチラリと見えている。


「人を探しに来たんですよ」

 マルコが女に答える。

「その情報を仕入れて来たら、こっちの頼みも聞いて貰える?」

 マルコがチラッと男を見る。

 任せるように、小さく頷く男。

「いいでしょう。探している男はセルジュ。王国からの逃亡者です」

「任せて。この宿に泊まるのよね? 夜には戻って来るから」

 女は店を出て行った。


「さて、こちらも動きましょうか。宿で待っていて下さい」

 男を待たせて、マルコが動き出す。

「俺も出来るだけ仕入れてこようか」

 トーマスも知人を頼ってくると、席を立つ。

「行かないのですか?」

「そういうのは無理だ」

 テーブルに残った男とダニエル。

 リトは大きなワニの肉を貪り食っていた。


「夜まで部屋にいますよ」

「そうか……少しぶらついてくるかな……」

 男はリトを連れて、部屋で休んでいることにした。

 ダニエルは町をぶらついてくるという。

 情報収集はしないと言ったダニエルだったが、何をするつもりなのか。

 だが、男は彼に興味がないようだ。

 構わず部屋へ籠ってしまう。


 宿にとった部屋で、男とリトが一休みしてカフェに戻る。

「待たせたな、やはり奴は此処を通ったようだ」

 晩飯前に戻ってきたのはトーマスだった。

「お早いお戻りで」

「おや、誰も戻ってないのか」

 男とリトの待つテーブルへトーマスが来ると、すぐにマルコも戻って来た。

「どうやら東へ向かったようですね。目的は分かりませんが」

 マルコが掴んだ情報では、セルジュは東へ向かったようだった。


 そこへ、さらに謎の女が戻って来た。

「お待たせ。そう言えば名乗ってなかったね。私はヴィオラよ」

 何やら自信たっぷりの、謎の女が勝手に名乗る。

 余程の情報を掴んで来たようだ。


 いったい何をやらせたいのだろうか。

「いい情報が入ったようですね」

 もったいぶるヴィオラを急かすように、男が声を掛ける。

「ふふ……ここでは、そこそこ顔が利くのよ」


「何か交換条件があるようでしたね」

 マルコも先を促す。

「アンタ達が町へ入って来るのを見てたのよ。何をしたのか知らないけど、他の町にも入れるんでしょ? 門番をスルー出来る、その力を貸して欲しいのよ」

「どこかに潜入したいのですか?」

 予想外の申し出にマルコが訊ねる。


「東の町に、こっそり入りたいの。身元を隠して町に入って、会いたい人がいるのよ。それと、私は狙われてるから護衛もお願い」

「護衛は断りますが、まずは情報ですね」

 男が情報を出せ、と急かす。

「それにしても、アンタたち何者なの? 昼間居たのって、貴族でしょ? 興味が湧いてきちゃうのよねぇ。特にアンタが何者なのか分からないし」

 ヴィオラがテーブルを見回し、男で目を止め見つめる。


「フーッ……シャーッ!」

 男の隣で、リトが牙を剥いて威嚇する。

 まぁ、獣のような牙が生えて、いたりもしないが。

「あら? アンタ……」

 ヴィオラの視線がトーマスへ向く。


「そうです。彼は王国人ではありませんよ」

 一人帝国人が混じっている事を気にしたのだと、勝手に理解したマルコが告げる。

「あ、ううん。なんでもないの」

 何か違う理由だったようだが、ヴィオラは笑って誤魔化した。

 ……男には、そう見えた。

 トーマスもヴィオラから目を逸らし、その話を広げて欲しくなさそうだ。


「おや、もう揃ってたのか」

 そんな変な空気になった処で、ダニエルも帰って来た。

「あぁ、そうだ、情報よね。お探しの男は王国から来て、東へ向かったようね」

 ヴィオラが取って置きの情報を披露する。

「彼の目的か、目標はなんでしょう? 何を求めて東へ?」

「それは知らないけど……自分探しの旅……とか?」

 マルコの質問に、サラっと知らないと答えるヴィオラだった。


「……」

「では明日の朝、東へ向かって出発しましょうか」

 固まるマルコ。

 男は何も無かったかのように、明日の予定を皆に告げて席を立つ。

 トーマスもマルコも、何も言わずに席を立ち、部屋へ引っ込む。


「なんだ。どうしたんだ?」

「な、なんだよ。こっちの依頼はどうなんだい? 情報だけ盗む気かい」

 訳が分からないダニエルと、相手にされないヴィオラが取り残される。

「それは、もう知っている情報。アナタは価値がない。残念だったね」

 嬉しそうなリトが、ニコニコしながらヴィオラに告げる。

 勝手にやらかしたヴィオラを置いて、楽しそうなリトが男を追って駆けていく。


「おい。カレーをたのむ」

 取り残され茫然とするヴィオラを放って、ダニエルは店員にカレーを頼む。

 昼間は文句を言っていたが、気に入ったようだ。

「え? えぇええっ! アンタ達なんなのよぅ!」

 顔も整っているヴィオラ。

 すれ違ったら振り向いてしまう程、スタイルも魅力的なヴィオラ。

 男性達に、ここまで相手にされない事なんて、経験がない彼女だった。

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