第173話 追跡

 我儘を言わなくなった我儘小僧、マチューを連れた男が王都へ入る。

「ここ迄くれば大丈夫でしょう。すぐに迎えがきますよ」

 帰還した連絡でも入ったのだろうか、都に入ってすぐ、兵士が駆け寄って来る。

 しかも一人二人ではない。

 20人の兵士に囲まれる男と一行。


「罠だったりしますか? 敵意はなさそうですが……」

「まっ、待って下さい。彼らは王宮の兵です」

 町の衛兵ではなく王宮の近衛兵だった。

「待っていたぞマルコ殿。急ぎエミール様のお屋敷へ」

「こちらの少年がマチュー殿だな。後は我らが引き受けよう」

「さぁ急いでください」

 近衛兵達がマチューを預かり、マルコを急かす。

 またしても緊急事態のようだ。

 次から次へと……この国は大丈夫なのだろうか。


 慌ただしく連れ去られるマチュー。

 不安な表情ながら、大人しく近衛兵に連れられ、王宮へ向かった。

「まぁ彼等、近衛兵に任せておけば、向こうは大丈夫です」

「護衛依頼とか、どうでも良くなったみたいですねぇ」

「エミール様とお会いして、すぐに貴方へもお知らせしますよ」

「正直、知りたくもありませんが……また、面倒っぽいですねぇ」

 取り敢えず男の家へ向かう事にした。


 男の家で奴隷の羊、レイネが出迎える。

「お帰りなさいませ。エミール様がお待ちです」

「こっちでしたか。入れ違いになるところでしたね」

 屋敷へ向かう筈だったマルコと家に入る。

「おお! 待っていましたよ!」

 いつになく、慌てたエミールが、抱き着かんばかりに駆け寄った。


「また厄介事ですか?」

 エミールに落ち着けと、ソファに座らせ、向かいに座る男。

「例の教団ですが、やっと幹部の一人を見つけました」

「ほぉ……それは……」

 男の目が細められ、殺気が漏れる。

 脇に立っていたレイネが、ビクッと反応した。


 悪魔の召喚、天使と魔族への転生、魔物の凶暴化などなどなど……

 嫌がらせが教義の教団には、男も巻き込まれ、色々と面倒な思いをしてきた。

 構成員も碌に判明していなかったが、幹部を見つけたという。

 やっと手がつけられそうだ。


「この王国の伯爵、セルジュが幹部の一人でした」

「そうですか……今、何処に?」

「逃亡しました……追って下さい」

「……そう来ましたか」


 やっと判明した教団幹部の、捕獲に失敗したらしい。

 セルジュは北へ、国外へ逃亡したようだ。

 他国へ逃げ込まれたら、王国の兵では、すぐには追えない。

 しかも一部では未だ内戦も続く、不安定な北の評議国。

 すぐにでも追手を差し向けたいが、兵士は送れない。


「そこで出番です。逃げた伯爵を追って、捕まえて下さい」

「……仕方ありませんね」

 教団には色々と、やり返したい男が、渋々了承する。

「すぐに、マルコと出発してください」

「評議国だと、私も詳しくありませんが……」

 マルコが困ったように申し出る。

「もう一人、国境を越える前に、土地勘のある者を送ります」

 エミールは用意してあるので、心配いらないと告げた。


 休む間もなくマルコとリトを連れ、男は北へ旅立つ。

「北へ行くのは久しぶりですねぇ。人魚の洞窟、以来でしょうか」

 人魚の洞窟でも、その後金龍に攫われてからも、酷い目にあった。

 あれからいつの間にか、大分時が経っていた。

 男は少し懐かしく、思い出しながら北へ、国境へ向かう。


 評議国との国境近く。

 王国最北の小さな村で、王国最後の一泊をする。

 翌朝、宿の前で二人の男が待っていた。

 一人は王国の貴族だろうか、どこかのボンボンに見える若い男。


 旅用に、幾らかおとなしめな服を着てはいる。

「伯爵家の三男、ダニエルだ。エミール様の指示で捜索に参加する」

 セルジュの顔を知る者として、選ばれたようだ。

「助かります。セルジュ伯は、何度か遠目に見かけたくらいなので」

 朧げな記憶しかなかったマルコは、少しホッとしているようだ。


 もう一人は王国人ではなさそうだ。

 こちらも旅人風の格好はしているが、ダニエルよりも普通だ。

 少なくとも貴族には見えない。

「帝国のトーマスだ。エミール殿の個人的な知人だ」


「どうもマルコです。帝国の方が何故わざわざ?」

「評議国には土地勘がある。案内は任せてくれ」

 マルコは愛想良く挨拶するが、男は少し気に食わない。

 文句をつけたり、同行を拒否するほどではないが。


 エミールは同行者を、「もう一人」と言った。

 彼はそう言ったはずだ。

 男に直接、そう言ったエミールが、それを違えるとは思えない。

 だが、合流したのは二人。

 どちらかが正体を隠しているのか、もしくは両方ともか。


 ダニエルが王国の貴族なのは間違いなさそうだが、逃亡中のセルジュも王国の貴族なので、それだけでは信用できない。

 トーマスは帝国を名乗ったが、帝国人には見えない。

 どう見ても帝国とも、王国とも人種が違うように見える。

 どちらにせよ、スマホもない世界で、エミールに問い合わせる事もできない。


 マルコとリトを連れた男が、怪しい二人の男を連れて国境を越える。

 男が同行者を信用しないのは、いつもの事といえば、いつもと同じではある。

「お願いしますよ? 今回だけは殺さないで、生け捕りにして下さいね」

「安心してください。大丈夫ですよ。人を殺人鬼のように言わないで下さい」


 マルコは少し心配そうに、縋るような眼で男を見ていた。

「だいじょぶ。リトが逃がさない」

「そうですね。捕獲はリトに任せましょう」

「うぃ~」


 何処へ逃げたのか、何処を目指しているのか。

 他国への逃亡者を捜索して、追跡する男。

 評議国捜索編、突入です。


 評議国編予告

「私が行かなきゃ、いけない気がするの!」

「邪魔だ。俺は一人の方がやりやすい」

「新しい盾の力をみせてやる」

「させない……それだけは」

「大人の責任を果たしましょうか」


 もう少しだけ、お付き合い下さいませ。

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