第172話 樹海の虫
周囲のゴースト、レイスなどアンデッドを、掃討した鷲頭の巨人。
その巨人が何かを感じて森の中を見る。
「今回は護衛なんでね。逃げる訳にもいかないからな」
誰に対する言い訳なのか、一人呟く男が森の中にいた。
男を見つけたフレスベルグが、森の中へ突進していった。
「まっしぐらだな……そんなに穢れてるのか?」
森の木々を薙ぎ倒しながら、男へ一直線に巨人が走る。
表情のない鳥の顔が怖い。
胸のナイフを抜いた男が、脇の木に巻き付いた蔦を切る。
いつの間に仕掛けたのか、枝がしなり巨人を丸太が襲う。
蔦で吊られた丸太が、唸りをあげて巨人の脇腹に突き刺さる。
「キュォッ……クゥオ」
雑に作られた杭が刺さり、巨人が怯む。
「お? 効果アリか。じゃあ追加だ」
森の中を駆け抜ける男。
立ち止まった巨人へ、四方から罠が襲い掛かる。
木を削った槍が飛び、石礫が降りかかる。
「キュッ……キュオオ!」
巨人の咆哮と共に、森の中を突風が駆け抜けた。
男の罠が、降り注ぐ石礫が、突風に攫われる。
巨人の近くの大木がひしゃげる程の風だった。
「とんでもないな。流石は世界中に風を送る鳥だな」
世界に吹く風は、フレスベルグが起こしている。
そんな話を、男は思い出していた。
経験なのか、勘なのか。
男の肌が、迫る危機を感じ取る。
男は迫る危険を確認する間もなく、身を捻り横に飛びのく。
背後から、木々の合間を縫うように、何かが迫る。
まるで天を翔ける、
竜神のように太く長いソレは、凄まじい速度で巨人へ迫る。
ソレは……それらはうねり、中空を翔け地を這う。
巨人へ向かう黒いナニカに、男がナイフを合わせる。
曲がりくねるソレは、鋼鉄のように硬かった。
その走る黒い影を、男の視線が辿る。
その先、森の奥には黒い虫がいた。
甲虫のように見える。
細長い体、首(実際は胸だが)も頭部も、細長い虫がいた。
巨人よりは小さいが、人と変わらない大きさに見える。
虫としては規格外な、大きさのナニカがいた。
長いムチのような頭部の触角と、思考が読めない黒い目。
その見た目は、オサムシ亜目オサムシ亜科に見える。
Carabus blaptoidesのような体には8本の細い脚が生えていた。
そのうちの6本が、別の生き物のように長く伸びていた。
「ゴミムシかマイマイカブリか? 厄介なのはコイツか」
この森に棲む厄介な
巨人が迫る脚に反応して、右腕を振り下ろす。
伸びた黒い脚を正面から殴りつけた。
黒い虫の脚が爆ぜて、体液と共に飛び散った。
しかし残りの5本が、巨人の脚に、腕に、首に巻き付く。
長く伸びる脚には節のようなものが見えない。
鉄のように硬く、ゴムのようにしなり巻き付く、不思議な脚だった。
長く伸びた虫の脚が一気に縮む。
黒い影にしか見えなかった伸びる脚が、同じ速さで縮んでいく。
まるで黒い弾丸のように、巨大な虫が巨人へ向かって飛ぶ。
細長い虫の頭部が、巨人の胸を貫いた。
鳥の目から生気が消えて、巨人が仰向けに倒れる。
神鳥フレスベルグと呼ばれた巨人は、森の虫のエサとなる。
不意打ちとはいえ、巨人を一撃で屠るとは、凄まじい虫だった。
痛覚もないのか、弾け飛んだ脚を気にもしていないようだ。
伸びる脚で抑え込んだまま、虫の頭は巨人の胸の中にあった。
どうやらそのまま、お食事中のようだ。
食事が終わった後、こんなのに襲われたら堪らない。
男は、そう考える。
そして走る。
何も口にせず、黙って右手を後ろへ伸ばす。
その手に差し出された柄を握る。
いつの間にか背後にいたリトが、背の刀を差しだしていた。
そのままリトは、滑るように後退する。
抜刀された野太刀を両手に握り、止まる事を考えない加速で男が駆ける。
虫のたかった、倒れた巨人の脇を駆け抜ける。
一閃
巨人の胸に埋まっている虫を、野太刀が両断する。
鋼鉄のような硬い甲殻も、日本刀は容易く切り裂く。
胸部から真っ二つになり、体液を飛ばす虫。
男はそのまま、止まれずに駆け抜ける。
大樹にぶち当たり、やっと止まれた男が静かに息を吐く。
「運が良いのか悪いのか……」
動くものが居なくなった森の中へ、マルコとマチューが姿を現す。
「いやぁ、やはり、とんでもない人ですねぇ」
少し呆れ気味のマルコだった。
少年は声も出ないようだ。
「お待たせしました。少々お待ちください」
座ってリトの手当を受ける男が、マルコに声を掛ける。
「また……痛そうですが、大丈夫……ですよね?」
消毒の沁みる痛みを思い出し、マルコが震えるような声を掛ける。
「まぁ、死にはしませんよ」
薄着に軽装で、森の中を転げまわって、無傷という訳にはいかない。
擦り傷、切り傷が体中に出来ていた。
腕と脇腹には、折れた小枝も刺さっている。
そんな傷をリトが、一つ一つ丁寧に消毒して、手当していく。
「いやぁ酷い目に遭いましたねぇ。目的を忘れそうです」
男は笑いながら王都を目指す。
マチュー少年どころか、マルコすら笑えないが。
「虫はあんまり好きじゃない。お肉が食べたい」
腹を空かせたリトを連れ、森と遺跡の中を西へ進む。
「リトさん。この少年は食べないで下さいよ?」
「……まだ、大丈夫」
リトの間のある返答に、マルコは必死に獲物を探しに行った。
落ち着くどころか、さらに顔色が変わっていく少年だった。
学習したのか、命の危機を覚ったのか。
少年は、我儘放題の振る舞いを、見せなくなっていた。
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