第171話 死者を食む者

「魔法陣展開! 秘宝『召喚の秘石』の力を見よ!」

「石の力かよ……」

 自称大魔導師は、自身の魔力ではなく、秘宝の力が頼りだった。

 何かを呼ばれる前に始末しようか、珍しく男は悩んでいた。

 ゴロツキの数が多い。

 死霊と、呼び出されたナニカと、ゴロツキ。

 三者で、うまい具合に潰し合って欲しい。

 そんな欲が、男を躊躇させていた。

 何が出て来るのか、単純な興味も少しは有ったかもしれないが。


 魔導師の足元に、光る魔法陣が描かれる。

 赤い小さな石を握り、魔力を込めて投げる。

 赤い石から立ち上る光が、空間を切り裂く。

 此処ではない何処か。

 別の次元へと繋がる扉を開く。

「ゲートよひらけ!」

 開かれた門から巨大な鷲の頭が、こちらを覗き込む。


「キョォォオオオッ!」

 何が気に入らなかったのか、怒りを露わに叫ぶ。

「ふははははっ! 不浄を許さぬ神の鳥だ。よこしまな者を生かしてはおかぬぞ」

「これは面倒そうだな」

 本当に呼び出せるのか、半信半疑だった男は、少し後悔していた。

けがれをはらえ、死をむ神鳥フレスベルグ!」

 叫ぶ大魔導師が、鳥についばまれる。

 その命を代償に、厄介なモノを呼び出したようだ。

 魔導師だったモノを飲み込み、鳥が姿を現した。


 フレスベルグ

 古代ノルド語でHraesvelgrです。

 フレースヴェルグ、フルスヴェルグなど、お好きな発音でどうぞ。

 英語っぽくするとハースベルガーあたりでしょうか。

 エッダ歌謡集では、鷲の姿をした巨人とされます。

 鳥なのに、種族は巨人族だったりします。

 大きな鳥だったり、頭だけ鳥の巨人だったりします。

 世界の風はこの巨人が起こしているそうです。

 世界の終わりラグナロクの後、人々の死体を啄みに来るそうです。

 人の死体を飲み込むともいわれます。

 小鳥サイズではなさそうですね。

 飲み込むのならば鷲ではなく、実はペリカンなのかもしれません。

 ラグナロクには参加しないようです。

 ヴィゾーヴニルやら他の鳥と混同され、よくわからなくなってます。

 ユグドラシルの上に居るとか、世界の北端に居るといわれたりします。

 大樹ユグドラシルが支える世界が、北欧神話です。

 大樹の根に嚙みついている蛇以外は、全てが大樹の上に居ます。

 ユグドラシルの上に『居る』のは鳥だけでなく、世界全てとなります。

 額に別の鳥が居るのは、別の鳥だったりします。

 今回呼び出された個体は、神話のソレとは限りません。

 召喚者がそう呼んでいただけです。

 神話の鳥かもしれませんが、違うモノかもしれません。

 まぁ、実物を見た人が生き残っていないので、本物かどうかも謎です。

 絶対正義であり、よこしまな者、闇の眷属を殺さずには、いられない個体です。

 普通の人間には敵対しない、安全な魔物だったりするかもしれません。

 よこしまではない人間、なんてものが存在するのならば……ですが。

 聖邪、併せ持つのが人間、という存在ですから。

 邪ではない人間は、存在しないかもしれません。

 神や天使の方が、まだ実在する可能性は、高いかもしれませんね。


 ゲートから太い脚が飛び出す。

 ゲートの縁に巨人の手が掛かる。

 ゲートから巨人が姿を現す。

 その頭は鷲だった。


 小柄とはいえ、男の頭が巨人の膝くらいだろうか。

 4~5倍を巨大というなら、まさしく巨人だった。

 6mはあるだろう、腰蓑こしみのひとつの巨体が現れた。

 腰蓑の下には穴ひとつ。

 そこは鳥のようだ。

「フレスベルグって、こんなだったか?」

 あまりの大きさと見た目に、流石の男も戸惑っていた。


 フレスベルグの姿は諸説ありますが、種族は巨人族です。

 9世紀以前の、古代ノルド語を解読して、巨人族ではない、という資料を発見した方は、ご一報ください。

 鳥の頭を被った半裸のおっさん、にも見えますが巨人です。

 そして厄介な事に……強い巨人です。


 巨大なこぶし死霊レイスを殴りつける。

 逃げ惑う傭兵達も何人か、巻き添えで死んでいく。

 物理攻撃を無効化する死霊が、巨人に殴られ霧散する。

 一撃で死霊を消し去ってしまった。


 だが、他の傭兵にも商人にも、襲い掛かる様子はない。

 子供を売ろうとしていた、ジャビルにも無関心なようだ。

 この程度の人間ならば、『けがれ』だとは判断しないようだ。

 そんな巨人が振り向き、鳥とは思えない咆哮をあげる。


「キョォォオオオッ!」

 明らかに、お怒りのようだ。

 その怒りの巨人の前には、何故か男だけがいた。

「おいおい。邪やら穢れはどうしたんだ?」


 会話が出来るようにも見えないが、問答無用で襲い掛かる。

 力任せに振り下ろされる拳を、飛び込んで躱す男が走る。

 逃げる事も忘れ、固まっていた傭兵の群れへ、男が飛び込む。

「デカ過ぎる。あんなもん、どうにもならん」

 巨大なうえに、かなり素早い厄介な巨人だ。


 男は傭兵達を目くらましの壁にして逃げる。

「ひぎゅっ!」

「うわぁ! こっちくんなぁ」

「あわびゅっ!」

 傭兵が次々と潰されていく。

 奴隷商人も探索者ジャビルも、巨人に潰される。

 怒りに任せ暴れる巨人が、目標を見失った事に気付く。

 その頃には動く傭兵は残っていなかった。


「いやぁ……とんでもないのが出てきましたねぇ」

「な、ナニアレ……」

 戦場から離れ、一息つくマルコ。

 連れて来たマチュー少年は、恐怖に引き攣り青くなっている。

「さぁ、分かりませんが、彼等に任せて、隠れていましょう」

「へ? アレをどうにか出来ると……?」

「まぁ、あの人達なら、どうにかするでしょう」


 死霊を殴り殺し、傭兵達を蹴散らす6mの巨人。

 そんなもの、人がどうにか出来るとは思えない少年。

 そんなものを、どうにかするのを見て来たマルコ。

 いつの間にかリトも姿を消していた。


「あ、あいつらだけで……逃げたりしてないか?」

 二人をよく知らない少年は、見捨てられてないか疑う。

「ははっ、そんな事……ありません……よね?」

 マルコも不安になってくる。

 ともあれ、何故か巨人はマルコ達は襲わないようだ。


 フレスベルグは湧いてくるアンデッドに反応して暴れていた。

「俺はアンデッドと同じくらい穢れているのか……」

 男は少しショックを受けていたようだ。

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