第170話 森の遺跡と奴隷商人

 崖を転がる馬車の中、マチューとマルコを脇に抱いて走る男。

「ハツカネズミかハムスターか。行くぞリトっ」

「あい」

 大きな岩をかすめた馬車から、男が飛び出す。

 二人を抱えた男が斜面を蹴り、大岩の下へ飛ぶ。


 斜面の岩棚に空いた穴。

 何も見えはしないが、下まで落ちれば命はない。

 男は身を捻って、僅かに突き出た岩棚の穴へ飛び込む。

 大きなザックを背負ったリトも、男に続いて飛び込んだ。


「ふぅ……なんとかなったな。リト、怪我はないな?」

「うぃ~。マスターの命令は絶対。リトは怪我しない」

 ザックから松明を取り出すリト。

 マチューもマルコも、声も出せなかった。


 洞窟は深く、下へ向かっているようだった。

 松明に火をつけ、男とリトが手にする。

「さぁ、進みますよ?」

 言葉もなく頷くマチューと、マルコが立ち上がる。


「マスター、何か来る。一人……たぶん人間」

「追手か? ……いや、殺気がないな」

 奥からランタンを持った小柄な男が向かってくる。

「おや、珍しいな」

 見た感じは30くらいの細身の男が、一行に気付いた。

 敵意や殺意は感じられないが、一人きりなのが気にはなる。


「俺はジャビル。ギルドの探索者シーカーだ」

「マルコです。王都へ帰る途中に迷い込みました」

 名乗る探索者に、マルコが応える。

 子供を連れた何者か分からない、不審な一行に目を走らせるジャビル。


「まぁ、訳有りなのは分かったよ。外まで案内しようか?」

 振り向くマルコに男が頷く。

「助かります。お願いしますよ」

「あぁ、いいさ。ここは行き止まりみたいだしな」

 ジャビルは正直に洞窟の外まで案内していった。


「ここは地下都市の遺跡が入り組んでるんだ。厄介な魔物もいるしな」

 獣の巣穴のような物と、石壁の通路のような洞窟が入り組んでいる。

 そんな地下都市が残る洞窟を、下へ降りながら進む。

 時間はかかったが魔物にも会わず、洞窟の外へ出られた一行。

 洞窟を抜けると、そこは鬱蒼とした森だった。


「上は荒野だったのに、碌に日も届かない崖下が森になっているなんて……」

 見たこともない背の高い大木に囲まれ、マルコが驚き見上げる。

 洞窟から出ても、日の届かない暗い森だった。

「大分遅くなったな。夜になると面倒だ。早く行こうか」

 森の中は夜になると、厄介な魔物が多いという。


 ジャビルについていくと、森が途切れているのが見えてきた。

 しかし森の外れには、見るからに怪しい連中が待っていた。

「ジャビルじゃねぇか。ツレが居るなんて珍しいな」

「間に合ったな。今回は上物だぜ」

 荒くれゴロツキ連中の中の、商人風の男はジャビルと知り合いのようだ。

 返事をするジャビルは、彼らの待つこの場所を目指していたようだ。


「ふん……貴族か……まぁまぁだな」

 でっぷりと太った商人が、マチューを見つめて口元を緩める。

「奴隷商人……ってところですか?」

「ふふん。落ち着いてるな、この人数を前に」

 余裕のありそうな男を見て、商人は気にいらないようだ。


「すまねぇな。そこのガキだけ渡してくれればいいんだよ」

 ニヤけたジャビルが男に話しかける。

 子供を攫って売る、奴隷商人と護衛達のようだ。

 ジャビルは、マチューだけが目当てだったようだ。

 ここまで連れて来て、あの商人に売る気だったのだろう。


「運がありませんねぇ」

「まったくだな。諦めてくれ」

 男の言葉を諦めだと、勘違いしたジャビルだったが。

 運がないのはジャビル達だと、マルコは気が付き、少年を連れてさがる。


「やっと見つけたぞ!」

 派手なローブの男がゴロツキ達を掻き分け現れた。

「な、なんだてめぇは……」

 急に現れた男に、商人と護衛も戸惑っている。

 どうやら仲間ではなさそうだ。


「ん? なんだお前らは……まぁ、どうでもいいか」

「てめぇ、ふざけ……ぶりゃっ」

 ローブを掴んだゴロツキの顔が歪み、内側から爆ぜる。

「うわぁあ!」

「なっ、なんだっ」

「何しやがった!」

 頭が吹き飛び倒れる仲間に、残りのゴロツキが慌てる。

 今にも逃げ出しそうだ。


「あ~ぁ、勝手に触ると危ないよ? 魔法のローブだからね」

 ローブ姿の若い男は笑いながら、触るなと手を振る。

「何者だ……魔法使いか?」

 奴隷商人の言葉に、ローブの男が振り返る。


「あの賢者すら超える大魔導師さ! すぐ済むから見てなよ」

「目的はこの少年ですか?」

 男の言葉にローブを翻して、大魔導師が振り返る。

「そうそう。その子が生きてると、都合が悪いんだってさ」

 どうやら雇われた殺し屋のようだ。


「うわぁああっ!」

 商人の護衛達が、突然騒ぎ出す。

 無駄に煩い連中だ。

「ひぃぃいいぃ!」

「やべぇ!」

 後ろから襲われたようで、悲鳴が聞こえる。

 そんなかしましい、連中の傍に立つ、朧げな白い人影。


「レイスか」

 男も、その姿に警戒する。

 夜の森を彷徨う、厄介な死霊レイスだった。

 商人一味に、霊体を攻撃する武器はないようだ。

 護衛のゴロツキ達は逃げ惑う。


「むぅ……邪魔をするなよ。ん……隕鉄か?」

 邪魔が入り、レイスを睨む自称魔導師が、男の隕鉄に気付いた。

 口だけでもなさそうだ。

「気づきましたか。魔法は無効化されますよ?」

 男の言葉にも余裕を見せ、諦める様子はなさそうだ。


 男の腕に埋まっている隕鉄は、魔法を無効化する。

 それはゲーム的にいうと、規定レベル以下の無効化という効果だった。

 それを超える魔法ならば発動はする。

 だがそれ程の魔力を出せる者は少ない。

 人間では賢者ナイジェルくらいだった。

 カムラ、トムイの仲間シアは人間ではなく、魔族とのハーフだ。

 それでも自称魔導師は余裕の表情だ。

「見せてやろう。異界より神を呼ぶ魔法を」


 護衛対象のマチューを狙う、奴隷商人一味。

 貴族絡みか、誰かに雇われた殺し屋の、自称大魔導師。

 何が狙いか彷徨う死霊。

「なんだこれは……面倒な……」

 溜息を吐きながら、身構える男。

 どこから狙うか。

 誰から倒せば楽が出来るか。

 そんな事を考える男の前で、自称魔導師が魔法を使う。

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