第168話 雇われた者達

 ヴィゾーヴニル

 ユグドラシルの最も高い枝にとまる鳥です。

 鷹だったり鷲だったりもしますが雄鶏です。

 エッダ詩『フョルスヴィーズルの言葉』に登場します。

 作中ではレーヴァテインでしか殺せない、この鶏の肉が必要になります。

 その武器を手に入れる為、鶏を殺して、その尾羽が必要だと言われます。

 抜け落ちた尾羽を拾って来たらいけないのでしょうか。

 例に漏れず、この鶏も他の鳥と混ざりに混ざっていたりします。

 鷹のヴェズルフェルニルと混同されたりもしてます。

 不死の鶏の肉を手に入れる為、鶏を殺せる武器を手に入れなければならない。

 鶏を殺す武器を手に入れる為、不死の鶏を殺さなければならない。

 そんな話です。


 シーフっぽいダビドが斥候として先行して、馬車との間にはアドリアンが着く。

 マジェドは馭者ぎょしゃの隣へ、残りは馬車に乗り街道を西へ進む。

「ずいぶんと騒がしい町ですねぇ」

 ユニスの領地で、領民達が集まって騒いでいた。


「自由と平等を望む集会だとか……平和な町なんだな」

 男の呟きに向かいに座っていたメフディが答える。

 富裕層への不満を発散するデモのようだ。

 全員が金持ちにはなれないし、貧富の差がなければ富裕層へも上がれないのに。

 貧富の差をなくしたら、全員が貧乏になると分かっているのだろうか。

 全員を金持ちにしたら、インフレで何も買えなくなるだけなのに。


 参加者の殆どは、中級の一般的な人々。

 日々、生きる事だけで精一杯な最下層の貧民は、それどころではない。

 富裕層への憧れと妬みだけの集会のようだ。

 自分達の財を貧困層へ分ける気はないが、富裕層の富は欲しい。

 そんな人々だった。


 今の環境に満足は出来ず、下は斬り捨て、上を引き摺り降ろそうとする人々。

 あれも人の業なのか。

 まぁ、危険が少なく平和な町なのだろう。

 しかし町を離れれば、街道といえども危険にあふれていた。


「マスター。亜人3体……たぶん、オーク」

 馬車の中でリトが敵を感知した。

「まぁ、たくさん護衛がいるのでオークくらいなら平気でしょう」

 男は動く気がなさそうだ。


 小高い丘へ続く坂道の途中で、先行していたダビドから合図がある。

 敵を発見したようだ。

 中継のアドリアンが馬車へ伝える。

「丘の向こうに何かいる。亜人っぽいのが数体らしい」

「わかった。出るぞ」

 すぐに護衛達が馬車を降りて丘を越えていく。


「まさか全員で行くとは……暗殺者が狙っているのでは?」

 護衛として雇われた者達は、護衛対象の少年を置いて飛び出していった。

 相手の確認すらせずに……マルコも苦笑いだけで、フォローできない。

 貴族が雇ったのなら、もう少しは頼れるかと思っていたようだ。

「お、おい……大丈夫なのか? ちゃんと僕を守れよ?」

 少し不安になったのか、マチューが青い顔でビクビクしている。

 まぁ亜人相手に貴族も爵位も役に立たないだろうから、仕方がないかもしれない。


 ゆっくりと進む馬車が丘を越えていく。

「どうにかなったみたい」

 リトがオークの気配はないと言う。

 マルコが外を覗くと、冒険者達が激しく息を乱して倒れていた。

 ムキムキの亜人、オークは仕留めたようだ。


 大きな怪我はなさそうだが、疲れて動けないだけらしい。

 馬車が近づくと、マフディが体を起こす。

「オークは……ハァハァ……片付けた」

「ご苦労様でした」

 マルコが声を掛けると、馬車の奥から男が訊ねる。

「彼らは乗らないのですか?」

「……いや、疲労で動けないようですよ」

「はぁ……どうします、お坊ちゃま」

 男が溜息交じりにマチューへ丸投げした。

「と、止めろアル! 彼らを乗せるんだ」


 馭者のアルが馬車を止め、冒険者達のもとへ降りていく。

 マフディ達の手当をして、肩を貸して馬車に乗せていく。

 小さな傷でも、きちんと洗い消毒しないと、破傷風の危険もある。

 最悪死ぬ事もあるが、男は気にせず黙っていた。


「どうしました?」

 そんな中、様子のおかしいマルコに、男が声を掛ける。

「え、あ……いや。やっぱり、オークって強いんだな……と」

「気づきましたか。一人で何体も相手にするのは、しんどいんですよ」

「そ、そうですね……」

 男がオークと戦った時を、思い出したようだ。

 馬車が動き始めてもマルコは、チラチラと男を見ていた。


「おい。今日は此処に泊まるんじゃないのか?」

 街道にある町には入らず、馬車は町を迂回して進む。

 その町に泊まる気だったマチューが、ぐずり始めた。

 日も暮れてきた。

 腹も減り、ベッドで眠りたいのだろう。


「通過です。そんな所で止まっていたら、死にますよ?」

 男は少しでも距離を稼ぎたかった。

「だめだ。ここに泊まるぞ。アル止めろ!」

「止めれば斬ります。別に馭者が居なくとも困りませんから」

 マチューの命令に、男が静かな声で馬車を走らせる。


「なんだとぉ、お前! 父上に言いつけるぞ」

「どうぞ。伯爵に雇われた訳ではありませんから」

「ぐぅぅ。おい、お前ら、コイツをどうにかしろ」

 叔父の雇った冒険者達に、マチューが命令する。

 子供のわがままに、マフディ達が戸惑っていた。

「こちらの雇い主は侯爵です。伯爵に媚びても意味ありませんよ?」

 男の一言でマフディ達は、あっさりとマチューを裏切った。

 結局馬車は止まらず、街道を西へ進む。


 一度依頼を受けたのなら、相手が貴族でも依頼人に従うのが筋だ。

 しかし彼等は爵位を秤にかけ、より上位に乗り換えた。

 雇い主は旧共和国の領主の筈だが。

 あまり信頼も実績もない、ランクの低い者達のようだ。

 雇うのに金をケチったか、ワザとボンクラやポンコツを雇ったのか。

 どちらにせよ、馬車は走り続け、荒れた地へ入る。

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