第166話 護送依頼
エッダ詩といわれる本があります。
17世紀頃の歌謡集ですが、古代ノルド語の歌謡集の写本とされています。
原典は9世紀頃とも伝えられているそうです。
歌謡集と言っても、歌謡曲が載っている歌の本ではありません。
英雄の冒険譚などの物語集となります。
北欧神話という名の方が有名でしょうか。
世界を支える大木ユグドラシルと、神々や英雄達の物語です。
ギリシア神話以上に、翻訳の違いや追加変更が混ざり合い、元々の話や登場人物を探し、特定するのが大変だったりします。
現在では色々と混ざっていたりしますが、エッダ詩も日本語訳があります。
AMAZ〇N(一応一文字〇で伏せます)等でも売られています。
2~3千円程振り込めば、ご自宅に本が届きます。
実質無料みたいなものですね。
同じ物語でも翻訳者によって、違う話になっていたりして面白いです。
この機会に一家に数冊。
北欧神話を如何でしょうか。
以前作った生クリームとチョコレートが余っていた。
それを一緒にボールに入れ、湯せんにかけて溶かす。
その後ミルクを加え、氷水にあてながら8分立てまで泡立てる。
グラスに流し入れ、氷室で冷やして固め、ムースにしてみた。
家でお菓子作りをして寛ぐ男の元へ、エミールがやってくる。
チョコの匂いに惹かれたのだろうか。
簡単には城から離れられない、最上位の上級貴族な筈なのだが。
「おや、いい匂いですね。いい所にきました」
出来立てのチョコムースを、男がエミールへ出して向かいに座る。
「で……
「また面倒な事になってます。しかし、これはまた……甘くてやわらかで……」
何か問題が起きたのだろうが、今はチョコムースに夢中なエミールだった。
おかわりまでして、落ち着いたエミールが依頼だと話し出す。
「王国の伯爵の嫡男を迎えに行って下さい。そんな顔をしないで……」
あからさまに嫌な顔をする男が、膝のエルザを撫でて心を落ち着ける。
「ふぅ……貴族のボンボンに、付き合いたくないのですが?」
男は落ち着いたようだが、代わりに隣のリトが苛立っている。
「いやいや、アタシ悪くないよ?」
リトに睨まれ震えるエルザ。
男が手を伸ばし、リトも撫でてやる。
「ぇへへへ……」
それだけでリトも笑顔になる。
「あの……いいでしょうか」
「あぁ、すみません。仕方がないので、どうぞ」
伯爵の嫡男はマチュー。
まだ少年で、かなり我儘らしい。
現在、親戚の屋敷にいるので、王都まで連れて来て欲しいという。
政敵に狙われているので、護衛が必要らしい。
父親の伯爵には、まだ利用価値があるという。
「案内にマルコを付けます。彼は顔を知ってますから」
「はぁ……王都まで、その少年を持ってくればいいんですね?」
護衛として少年の我儘には付き合わないと、男は確認する。
「それで構いません。よろしくお願いします」
エミールも、あっさり了承した。
用件を告げるとエミールは帰っていった。
ゆっくりしている暇も無いと言う。
ムースを食べていた時間の方が長かったが。
「また、面倒な仕事だなぁ」
翌日マルコが顔を出し、早速出発する事にした。
「よろしくお願いします。マチュー殿は帝国にいます」
伯爵の親戚、旧共和国の領主ユニスの屋敷にいるらしい。
「数日かかりますね……まぁ、のんびり向かいますか」
「行ってらっしゃいませ」
レイネとエルザの見送りで、リトを連れた男が東へ向かう。
帝国ユニス邸では、すでに刺客が送り込まれていた。
「これで3人目か……もう少し護衛を増やさなくてはな」
「こちらの衛兵もかなり、やられています」
「外から雇うか。刺客が紛れていると面倒だな」
「傭兵は危ないのでギルドから
主ユニスと家宰が、甥のマチューを狙う刺客に悩まされていた。
これまではなんとか凌いで来たが、ユニスの私兵も削られていた。
「迎えはまだなのか……いつまで持ち堪えられるか……」
溜息と共に窓の外を見るユニス。
まだ老け込むには早い歳だが、かなり心労が溜まっているのか老けて見える。
その窓の下、邸宅の庭では、一人の少年が走り回っていた。
屋敷の使用人達と、10歳くらいの少年が、笑いながら駆け回っている。
緑がかった銀の短い髪に、少年ながら整った顔立ち。
見るからに育ちの良さそうな子供、マチューだった。
少年が無邪気に駆け回る、微笑ましい様子ではあった。
二階の窓から見下ろす分には……。
「ほらほら、逃げろ逃げろぉ。捕まえたら指を切り落とすぞぉ。わっはっはっは」
とんでもない事を喚きながら、楽しそうに少年が走り回る。
必死な使用人たちが、庭を逃げ回っていた。
脇の木陰には左手を抱くようにして、
使用人だろうか、服装は庭師のものだが、その手は流れる血に染まっていた。
甘やかされ放題に育てられた、面倒なお坊ちゃまがマチューだった。
そんな彼は無事に王都へ帰れるのだろうか。
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