第165話 卑怯者と臆病者

「仕事だサミル……れ」

 ヨハネスの命で、剣士が男の前に立つ。

「そこそこ強いと聞いていますよ。さて……正々堂々、立ち合いますか」

 男も幼女に向けていた刀を、剣士サミルへ向け構える。


 ロープを掴んでいたリトの姿もなく、幼女はトテトテと歩いて離れる。

 逃げ出す訳でもなく、邪魔にならない位置まで離れるユリア。

 抜剣したサミルと男が睨み合い、サミルが寄る。

 間合いに入る半歩前、サミルが崩れ落ちるように倒れた。

 信じられない、といった顔のサミルとヨハネス。


「でかした。よく出来たぞぉ……えらいなぁリトぉ」

 リトが男に駆け寄り、頭をワシワシと撫でられご満悦だ。

「えへへぇ」

 男に集中したサミルの脚を、気配を殺したリトが背後から襲っていた。

「きっ……きっさまぁ! 一対一の勝負にっ……卑怯だぞ!」

 卑怯な手段で名を売ったヨハネスが怒り狂って怒鳴る。

 魔法の毒にやられ、剣士サミルは声も出せない。


「ぐぉおおっ!」

 暴れていたランバルトの雄たけびが響く。

 仲間の反撃を受け、傷だらけになったランバルト。

 後ろからナイフを突き刺され吠える。

 腰を刺されながらも手斧を振るい、最後の仲間の頭をかち割った。

 娘の為に20人近く居た仲間を、全て殺して男へ振り向く。


「おおぉ……凄いですねぇ」

 男がパチパチと手を叩き祝福する。

 男の足元で、リトも無表情でパチパチと手を叩く。

「ユ、ユリア……」

 瀕死のランバルトが、娘の名を呼ぶ。


「マスター……限界みたい」

 ユリアが男をマスターと呼ぶ。

「ご苦労様でした。もう大丈夫ですよ」

 男の言葉に、ユリアの体が溶けるように崩れていく。

「うわぁああっ! ユリアー!」

 悲痛な叫びをあげるランバルトの前で、ユリアはもやのように消えてしまう。

 その跡には……一匹の黒猫が居た。


「ごめんねぇ。娘さんに化けてた化け猫よ」

 エルザがランバルトに片目を瞑って謝る。

「くくくっ……残念でしたねぇ」

 男と猫の言葉に、声にならない叫びをあげて倒れるランバルト。

 仲間にやられた傷か、怒りのあまりの憤死か。

 副団長は体中から血を噴き倒れ、目を見開いたまま死んでいた。


 幻術のたぐいだが、エルザは別の姿を見せる事が出来た。

 姿を変える訳ではないので触ればバレるし、短い時間しか保たなかった。

「なっ……ランバルト……サミル……」

 騙され同士討ちを強制されて死んだ副団長。

 一騎打ちのフリをして、背後からの騙し討ちに倒れた用心棒。

 どっさりと用意していた罠も、仕掛け直されて追いつめられる団長。

 怒りに震えるヨハネスの姿に、男は堪え切れなくなってしまう。


「くっ……くくっ、いひっ、いひゃひゃひゃひゃっ……」

 男が耐え切れずに、狂ったように笑い出す。

 魔法の麻痺毒で動けないサミルに、笑いながらとどめを刺す。

 笑いは止まらず一人大爆笑だ。


 大勢が一斉に笑うさまを爆笑と言います。

 どんなに一人で頑張っても、本来爆笑はできません。

 そんな勢いで笑い出したと思って下さい。


「はぁ……はぁ……ふぅ~。失礼、笑い疲れました」

「ふっ、ふざけるな!」

 ヨハネスが剣を抜き、男の前に立つ。

 今、目の前でサミルがやられたのを忘れて、男に剣を向ける。


「笑い疲れたので、もう帰りたいのですが……」

「お前だけは生きて帰さない……切り刻んでやる」

 血の涙を流しそうなくらいに、ヨハネスは怒り狂っていた。

「はぁ……やめて下さい。臆病なんですよ、怖いじゃありませんか」

「生きたままバラバラに刻んで、恐怖を味わわせてやる」

 男はわざとらしく大きく溜息をついて、面倒くさそうに刀を構える。


『味わう』を『わせる』ので『あじわわせる』となります。

『味合わせる』だと料理の味付けになります。

『わせる』って何でしょうか。

 日常会話で使った事がありません。


 卑怯な手段を好む所為で、そちらばかり有名になったヨハネス。

 しかし元々は、傭兵団を率いていただけに、それなりの戦士ではあった。

 男が放つ殺気を感じとれる、その程度には手練てだれではあった。

 その所為で彼は命を落とす事になる。


 間合いの外で大上段に、二代目国貞がゆっくり上がっていく。

 小さな体で大きく構える男から、殺気があふれヨハネスに噴き出す。

 男の殺気がヨハネスの頭上から迫る。

 大上段から振り下ろされる刀へ、ヨハネスが剣を合わせて弾く。

 ……筈だった。


 刀を弾く為に払い上げた剣は空を斬る。

 濃い殺気に実像を結ぶ、そんな程度の腕を持っていたヨハネス。

 男の刀は振り下ろされてはいなかった。

 なんの抵抗もなく天を衝くヨハネスの剣。

 何が起こったのか理解する間もなく体が流れる。

 深く身を沈めた男の身体が駆け抜ける。


 一閃

 二代目井上和泉守国貞、飫肥おびの至宝がはしる。

 両手を挙げて無防備に態勢を崩すヨハネス。

 その鎧の継ぎ目、脇の下の太い血の道を、一刀がね切った。

「な……」

 脇から血を噴き、ヨハネスが意識を手放す。

 眠る様に意識を失い倒れる。


「いやぁ、予想以上に上手くいきましたねぇ」

 珍しく男はご機嫌のようだ。

「本当に一人で壊滅しましたね。エミール様の笑顔が見えるようです」

 通路から出てきたマルコが、呆れ顔で男に声を掛ける。

「後は任せますよ。リト、エルザよくやったな。帰ろうか」


 特にエルザは、マルコとカリム様の誘導係として、連れてきていた。

 予想外の働きで、大活躍だった。

 エルザとリトの頭を、褒美だとばかりに撫でる男。

 二人もまんざらでもなさそうだ。

「帰りは罠だらけじゃないのか?」

 賢いカリム様が、凄い所に気が付いた。

「……そちらの裏口から出れば問題ありませんよ」


「帰りの事は考えてなかったな……」

 男の言葉に、カリム様も呆れる。

 浮かれ過ぎて、何も考えていなかったようだ。


 それでも被害もなく落着はした。

 王都近辺を騒がせた強盗団を、単身壊滅させたカリム様。

 もう必要ない手柄を重ねて、祭り上げられていく公爵様だった。

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