第164話 人質

「この廃屋の地下がアジトになっているそうです」

 マルコの案内で、強盗団のアジトに辿り着く。


 運動家の秘密の指揮所agitating pointから、非合法組織の隠れ家を指す言葉。

 そんなアジト。

 中は罠がごっそりらしいが、男は楽しそうに入っていく。

 罠とはいっても、ワイヤーを使った単純な物ばかりだ。

 男が居たのは野生動物を獲る為でも、もう少し高度な罠を使っていた時代。

 レーザーもない時代のトラップを解除し、逆に仕掛けなおしていく。

 侵入者を防ぐ為の罠が、脱出を防ぐ罠へと作り変えられていく。

 珍しく男は、終始、楽しそうで嬉しそうだ。

 罠が楽しいのか、卑怯な手で嵌めるのが楽しみなのか。

 実際は魔法を使った罠もあったのだが、男の左腕がこっそり無効化していた。


 終始と始終。

 どちらも最初から最後までと、同じような意味です。

 少しだけですが、使い方が違うので、今回は終始にしてみました。

 いかがでしょうか。


 途中の小部屋や通路に居た小者を、音も立てずに暗殺して進む男。

 少し離れ、エルザの案内でカリム様とマルコが続く。

「なんか、いつもよりも楽しそうですねぇ」

「何が楽しいのか……おっと。罠か?」

 囁くようにマルコと話すカリム様を、エルザが止める。


「マスターが仕掛けなおした罠……踏まないで」

 言われて目を凝らすと、床近くにうっすらとワイヤーが見えた。

「凄いな……こんなもの気付かないぞ」

「ん? ボスを見つけたみたい。急ぎましょ」

 耳をピクピクさせながら、エルザが二人を急かす。

 男とリトが首領を見つけたようだ。


 見た目はかなり若い、30手前に見える細身の男が大部屋の奥に居た。

 強盗団団長のヨハネスのようだ。

 細い目が吊り上がった、狡猾そうな顔の男だった。

 その隣には用心棒だろうか、小汚い剣士が立っている。

 警備隊の情報にあった、手強い剣士サミルという男のようだ。

 大柄な熊かゴリラのような男も部屋にいる。

 副団長のランバルトのようだ。

 次の獲物の相談か、配下の者も殆どが集まっているようだ。

 強盗団の幹部と配下の者どもが、大広間にごっそり集まっていた。


「不味い所へ来たなぁ。出直すか?」

 暗殺していくのだと思っていたカリム様が男に囁く。

 オークの群れに突っ込んで行く蛮勇は失くし、少しは学習したようだ。

 だが男はニヤリと嗤い、無造作に部屋へ入って行った。


「え?」

「おいおいおい……」

 カリム様とマルコが慌てる中、強盗団の視線が男に集まる。

「お邪魔しますよ……そんなに睨まないで下さい。怖いじゃありませんか」

 のんびりした男に、ヨハネス達も戸惑っている。


「何者だ? 何しにきやがった」

「はははっ……政府の回し者です。強盗ごっこは今日で終わりですよ」

 ヨハネスの嚇すような低い声に、男が満面の笑みで応える。

「たった一人でなんのつもりだ?」

 大柄な男が前に出てすごむ。


「あぁ、副団長のランバルトさんですね? 一人ではありませんよ?」

「兵隊でも連れて来たのかぁ? そこに隠れている奴が仲間かい?」

 一人だけで余裕を見せる男に、警戒しながらも副団長が両手に手斧を構える。

「卑怯な手を使うのが得意だとか……こちらも使ってみました」

 その男のセリフに、リトが暗がりから出て来る。


「んなっ! なっ……っ!」

 慌てて言葉も出ないランバルト。

 リトはロープで縛りつけた幼女を連れていた。

 縛られた幼女は涙をいっぱいに溜め、恐怖に声も出せないようだった。

「なんで……ユリアっ!」

 ランバルトが巨体を揺らし、悲痛な叫びをあげる。


「はっはっは。可愛い娘のユリアさんです。大事なのでしょう?」

 男はやたらと楽しそうだ。

「幼い娘を人質にする気か! 人間のやる事じゃねぇ」

 卑怯者と呼ばれた団長のヨハネスも、流石に立ち上がり叫ぶ。

「大丈夫だ……大丈夫だぞ……すぐに助けてやるからな……」

 おろおろしながら、娘に声を掛けるランバルト。


「いやぁ……アレはやりすぎじゃないかぁ?」

「臆病者なので、手段は選ばないと言っていました……」

 物陰から覗くカリム様とマルコも、やりすぎじゃないかと呆れていた。

 普通、人質をとるのは悪者の仕事の筈だが。

 まぁ、男は正義の味方、というわけでもないが。


「後ろの雑魚が邪魔なので、片付けて下さいな。娘と仲間を秤にかけましょう」

「っ! ……くっ、悪魔め……」

 手斧を持ったままのランバルトが、鬼の形相で男を睨みつける。

 今にも憤死しそうな程、顔は怒りに赤黒く染まっていた。

「ははっ、悪魔ならこんな姑息な手は必要ないでしょうねぇ」

 笑いながら男は腰の刀を抜き、急かすように幼女の喉へ突き出す。


「ぐっ……ぐぅ……う、うわぁああっ!」

 体を反転させた大男が、右手の手斧を振り上げる。

 あまりの事態に動けなくなっていた賊に、手斧が振り下ろされる。

 真向から頭を割られた雑兵が、脳漿を飛び散らせて倒れる。

 ランバルトは両手の手斧を交互に振るい、仲間を切り裂いて暴れだす。


「ひぎゃあっ!」

「やめてくれっ! ひぃっ!」

 いきなり襲われた強盗達はパニックになって逃げ惑う。

 暴れる父親の姿をチラっと見て、興味なさそうに目を逸らす幼女。

 やはり強盗の娘だから肝が据わっているのか、ユリアの涙は止まっていた。

 幼い見た目だが、強い娘のようだ。


「裏口には衛兵の皆さんが待ち構えていますよ。逃げるならこちらです」

 男が息を吸うようにサラっと嘘を吐き、今来た通路への道をあける。

 裏口へ向かった者が動きを止め、一人が入口への通路へ走った。

「ぎゃああああっ!」

 男の誘導に従い、部屋を逃げ出した先から断末魔の叫びが聞こえる。


「てめぇ、何をしやがった。ここまでの罠はどうしたんだ」

 少し青ざめた団長のヨハネスが、落ち着きを失くし叫ぶ。

「罠は全て解除して仕掛け直しました。逃げ出すと罠で死にますよ?」

 嬉しそうに男が答える。

 何が楽しいのか、歌って踊りだしそうな程嬉しそうだ。

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