第163話 盗賊傭兵団

 卵黄と砂糖を混ぜるリト。

 ミルクと生クリームを加熱して混ぜる男。

 リトの混ぜた卵黄と合わせて、さらに混ぜていく。

 濾して小さな陶器に移し、蓋をして蒸す。

 水を薄く張った鍋に器を並べ、蓋をする。

 氷室で冷やして固める。

 砂糖を加熱してカラメルを作ると、固まった生地にかける。

 表面を焼いて焦がすと、客室へ運んでいく。

 王都の家で、趣味のお菓子作りをしていた男だった。


「お待たせしました。クレームブリュレです」

 エミールにカリム様、マルコへ、できたてクレームブリュレを出した。

 カリカリになったカラメルを割って、口へ運ぶ三人。

 蕩けた笑顔で悶える野郎三人を、苦笑いで見る男。

 宿舎の一件がすぐに片付いたが、新たな問題が持ち込まれていた。


 前日城内、第八騎士団宿舎。

 姿を現したドッペルゲンガーに、いち早く反応した男。

 魔物が反応するよりも早く、左の三日月蹴りが顎を砕く。

 魔物に急所の『三日月』があるのか分からないが。

 崩れ落ちる魔物の首を踏み折る。

「紛れ込んだのは、この一体だけなのでしょうか」

「……そうか。確認しておいた方がいいな」

 男の疑問を理解したカリム様が答える。


 残った騎士達を一列に並べ、端から男が触れていく。

 男の左手が触れた三人目の騎士の顔が崩れる。

 肩へ触れた男の左手が騎士の奥襟を掴む。

 変化へんげが解ける間もなく引き寄せ、膝が鳩尾みぞおちに突き刺さる。

 男の右手が魔物の左手首を掴んで捻り上げる。

 その腕を巻き込むように、男の左後ろ回し蹴りが魔物のうなじを捉える。

 そのまま倒れこむ魔物の腕を極め、首を踏みつける。

 肩と首の骨を砕かれた、元騎士だったモノが細かく痙攣する。

 すぐに動かなくなった魔物を見て、列から離れた騎士が走り出す。

「リトっ」

「あいっ」

 振り向きもせず声を掛ける男に、ナイフを振るったリトが応える。

 返事よりも先にリトのナイフが、逃げ出した騎士の脚を切り裂いていた。

 やる気のなかったリトだが、王城の中だろうと武器を手放しはしなかった。

 リトは魔法の鞘とナイフを隠し持っていた。

 麻痺して倒れる騎士に男が触れると、魔物の姿に変わっていく。


 結局、紛れ込んでいたドッペルゲンガーは三体だった。

「流石はカリム様。すぐに魔物を見分け始末するとはご慧眼けいがんでございます」

「え……あ、う……うむ。指示通りであった」

 魔物を片付け、余計なセリフが出る前に、全てカリム様に丸投げする男。

 こうして全ての手柄を、カリム様に押し付け、男は王城を後にした。


 騎士団の騒ぎを解決した男は、連日エミールの訪問を受けていた。

 もう呪われているのではないか? と思える程次々と問題が起きる。

 あわよくば、甘いもので誤魔化せないかと、クレームブリュレを出してみた。

「全てがどうでも良くなりそうな程、美味しいですね」

「それは何よりです。それを召し上がってお帰り下さい」

「そうもいきません」

 今日は甘い物で、ごまかせないようだ。


「王都に潜伏している強盗団を始末してください」

 エミールの次の依頼は、強盗団の壊滅だった。

 相変わらず男の戦力を、勘違いしているエミールだった。

「元は傭兵団だったのですが、強盗団として暴れています」

 傭兵団を一人で壊滅して来い、と言い出した。

「何人か名の売れた戦士がいます。捕縛は難しいでしょう」

 捕らえるには強いので、殺して来いと言うエミール。

「はぁ……」

 呆れて何も言葉が出てこない男は、気の抜けた返事しか出来ない。

「いや、この団長が、強いのに卑怯な手を好む男でしてね」

 何が『いや』なのか。

 傭兵団だけでは、物足りないとでも思ったのだろうか。

「手柄はカリム様が引き受けます。詳しくはマルコが説明しますので」

 言いたい事だけ言って、エミールが帰っていく。

 渇いた笑顔のカリム様は、リトに頭を撫でられていた。


 仕方なく、マルコに詳しい話を聞く男。

 何故か猫奴隷の獣人、エルザも連れて、強盗団のアジトへ向かう。

 手強い上に卑怯な手で、王都の警備隊も、翻弄されているらしい。

 今回は邪魔にならないように、建物を包囲している。

「卑怯な手と言われて、どんな手段が思いつきますか?」

 不意に男がマルコに訊ねた。

「卑怯……ですか。人質とか……騙し討ち、目つぶしとかでしょうか」

「騎士の試合か何かですか?」

 どれも男にとっては、卑怯な手段ではなかった。

 特に意味はなく、男は警備側の認識が知りたいだけだった。

 折角のマルコの提案なので、その辺りを使ってみようかと男は思った。


 男の知る戦場に、卑怯な手段などなかった。

 認識も感知も出来ない距離を、ミサイルが飛んでくる世界だった。

 歩兵部隊を襲う長距離ミサイルに比べたら、卑怯なんて可愛いものだった。

 ニヤリと嗤う男。

 卑怯な強盗団を想うと、我慢できずニヤけてしまう。

 実は騙し討ちや卑怯な手段が、割と好きな男だった。

「うわぁ……悪そうな顔してるな」

 嬉しそうな男を見て、少し引いてしまうカリム様

「……ステキ」

 悪そうに嗤う男の顔が、結構好きなリトだった。


「なんで連れて来られたの……?」

 カリム様の肩で、落ち着かないエルザだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る