第162話 紛れた者

 笑い疲れたエミールが、ぐったりしている間に礼を言い合い、食事をしながら無事を喜び合う兎の姉妹。

 兎獣人三人を食堂に残し、エミールの待つ客間に男が戻る。

「再びお待たせしました」

「いえいえ、楽しいものを見せてもらいました」

 もう思い残す事はなさそうな程、楽しめたようで何よりだが、やっと目的を思い出したようで、エミールが依頼の話を始める。


「この国の騎士団は4つあります。第一、第二、第三騎士団は騎士爵の貴族と、一代限りの騎士である平民で構成されています。残る一つ第八騎士団は上級貴族の子弟が親の跡を継ぐ前に、騎士相当の身分で入る儀礼用の騎士団となります」

 エミールも入っていたのが、第四ではなく、何故か第八騎士団だった。

 第四~第七は、どこにいったのだろうか。

 騎士爵とされるが、実際に騎士の爵位を賜る訳ではないらしい。


 最下級の貴族である騎士爵は、功績のあった平民に与えられる事もあります。

 こちらの世界でも、少し前に映画俳優が騎士になり、名前の前に『サー』がついたりしたのが、記憶に残っていたりするかもしれませんね。

 男爵の下の爵位ですが、一応貴族です。

 平民の場合は一代限りで、世襲は基本しません。


「貴族のもめ事は御免ですよ?」

 男が面倒臭そうに口を挟む。

「少し違います。面倒ではありますが……第八騎士団の宿舎で問題が発生しました。王都近くの森で演習があり、参加した第八でしたが、伯爵子息のベルナールが増えました。宿舎にベルナールが二人います」

「は? ……すみません。おっしゃっている意味がわかりませんが……」

「森で争う二人が発見されましたが、二人共ベルナールだったと、そう報告を受けています。今は宿舎に連れて帰り軟禁しています」

 演習中に増えた貴族の子息が居たらしい。

「貴族は急に増えたりするものなのですか?」

 意味が分からず男は不思議な質問をする。

「いいえ。普通は増えませんね。ドッペルゲンガーといわれる魔物だと思われます。森の沼地等で、こっそりと人を襲って入れ替わるといいます」

「あぁ、入れ替わりに失敗して見つかった訳ですか」

「そこで、貴方に宿舎へ行って偽物を退治して戴きたいのです」


 別にモンスターの擬態を、見破る特殊能力があるわけでもない。

 見知らぬベルナールという、伯爵家の小僧の、見分けもつかない男。

 だが、なんだか面白そうなので、依頼を受けた。

 軽い気持ちで、受けた男が宿舎へ向かう。

 第八騎士団の宿舎は城の中にあるので、男とリトだけでは入れない。

 今回も公爵カリム様の出番がやってきた。

「くくっ……お疲れのようですね」

 綺麗なエメラルドグリーンの瞳も、気持ち暗く見える程、げっそりとしたカリム様を見て、男は忍び笑いが漏れてしまう。

「笑い事ではないぞ。貴公の手柄を全て引き受けて、大変な事になっておるぞ」

 休む間もないと、カリム様が愚痴る。

 その為に担ぎ出されたので仕方ない。

「まぁ、取り敢えず、実際に見て貰いましょうか」

 案内のマルコがカリム様を宥めながら、男とリトを宿舎に連れていく。


「第八騎士団は彼等で全てです」

 宿舎前に並ぶ上級貴族のボンボン達16人。

 その内、双子のようにそっくりな二人が、ベルナールだろう。

「リト。臭いだとかで魔物かどうか分かるか?」

「むりぃ。逢ったことないから分かんない」

「そっかぁ……まぁ、そうだろうなぁ」

 今回は城内なので、武器を持って来ていない。

 さらにリトは、冒険用の服ですらない。

 青いヒラヒラしたワンピースで、小さなリボンが邪魔くさい程付いている。

 迷宮に居た変態の趣味で作られた服だった。

 可愛いは可愛いが、いつもより幼女にしか見えない。

 そんな格好で来るほど、リトはやる気がなかった。

 貴族のボンボンが増えても減っても、まったく興味なさそうだ。


「二人で戦って貰うのは、どうですか?」

 面倒臭そうな男が、閃いたと提案する。

「どういう事でしょうか」

「死ねば元の姿に戻ると思うのですよ。本物が勝てば済みますし、死んで姿が変わらなければ生き残った方を仕留めましょう」

 期待して訊ねたマルコに、男の残念な答えが返ってくる。

「ベルナール様は時期伯爵なので、無事にお助けして下さい。それに、死んでも姿が変わらなかったら大惨事です」

 一瞬で却下された。


 結局、取り敢えず騎士団の面々に、ベルナールの話を聞く事にした。

 一応仲間である事だし、同じ貴族だし、という事で仲間しか知らない何かがあるかもしれない。騎士団からも敬愛されているカリム様に、話をきいてもらう。

「面倒な事になりましたねぇ。何か特徴なんか、あったりしませんか?」

 聞き取りをカリム様に任せて、少し離れた所でマルコへ、男が訊ねる。

「沼地に住んでいて、人の姿になって入れ替わるとしか……姿だけでなく記憶もそのままコピーするそうです。厄介ですねぇ。紛れ込む目的も謎です」

「取り敢えず攻撃してみるのはどうでしょう。殴ったら正体を現すかもしれません」

「現さなかったら、貴族を殴っただけになりますよ?」

「はぁ~……面倒な仕事を引き受けてしまいましたねぇ」

 溜息を吐きながら、カリム様に近づく男。

 もう飽きてきたようだ。


 カリム様は片方のベルナールと話していた。

 記憶も同じなら、話しても正体は見破れなさそうだ。

「姿を変える魔法なら、簡単なのですがねぇ」

 カリム様と話すベルナールへ、何気なく左手を伸ばす男。

「いぎぃやぁあああっ!」

 苦しみだすベルナールの悲鳴が響く。

 滲むように顔が歪み、溶けるようにベルナールの顔が崩れ落ちる。

 表情のない黒い魔物が正体を現した。

「あっ……」

 やらかした男が、残念な子を見る目で魔物を見る。


 魔法を無効果する隕鉄が、男の左腕に埋まっていた。

 魔物は魔法で姿を変えていたようで、あっさりと正体がバレてしまった。

 すぐに仕留めきれず、入れ替わる前に発見されたドッペルゲンガー。

 魔法を解かれ、王都の中心で姿を晒す残念な魔物が居た。

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