第160話 末路
リトを連れて出かける男。
大分ケガも良くなり、動けるようになった羊と猫の奴隷。
留守番の二人はお肉パーティーをはじめていた。
大量の何かの肉。
内臓も頭も揃った、毛の少ない何かの肉。
どこから入手したのか、二人だけのお肉パーティーの夜だった。
そんな夜、王国から離れた西の旧帝国領。
王の居城とされている、無骨な砦の中庭。
「ダエイ!」
騒ぎを聞きつけ中庭に飛び出したカムラが叫ぶ。
「カムラ……すまねぇな……利用させて貰ったが、失敗しちまった」
盗み出した宝珠を手に、ダエイが薄く笑い、カムラ達を見回す。
「まだ……そうだ、まだ間に合うさ。それを返して謝ろう……な?」
「いやぁ……無理でしょ」
「現行犯だし……国宝でしょ? アレ……」
諦めきれず説得しようとするカムラを、トムイとシアが止める。
国宝を盗む手引きをしたと、巻き込まれる可能性もある。
シアは魔力を練り、周囲を警戒する。
トムイも国王であるカミュの近くへ、その死角へこっそりと潜り込む。
戦闘になったら、国王を人質にして逃げようと、恐ろしい事を考えていた。
一人、カムラだけが愚直に、ダエイを説得しようとしていた。
傭兵王カミュが前に出る。
「流石に国宝を盗んだとあっては、見逃せないな。どうするね英雄殿?」
泣きそうな顔で、カムラは腰の剣に手を掛ける。
「なんで……」
「お前達とは違ったんだよ。俺は盗賊だ」
カムラはダエイに向かって剣を抜く。
長いバスタードソードではなく、予備の湾刀シミターを手にした。
『シミター』
日本語だと半月刀や三日月刀といわれる湾曲した刀です。
ペルシャ生まれともいわれますが、『シミター』は英語です。
湾刀は種類も多く、古くから広く伝わっているようです。
中国の柳葉刀、グルカ族のククリなど。
さらにショーテル、シャムシールなども湾刀と呼ばれます。
古代メソポタミア、エジプト、シュメールなどにも湾刀があったようです。
日本でも警察官の装備として、採用されたサーベルの起源ともいわれます。
ちょっと前まで、日本のお巡りさんの、標準装備がサーベルです。
工場生産のステンレス製ですが、そんな警官が練り歩いている街って怖いです。
そんな古い歴史のあるシミターですが、古すぎて良くわかりません。
ペルシャの刀とされていながら、イギリス経由で英語名が広まったようです。
世界各地で混ざり合い、原形も起源も分からなくなりました。
誰の説が正しいのか、結局判断出来ません。
信じたい話を信じて下さい。
肺静脈が左心房ではなく、下大静脈に還流している異常を、シミター症候群といいます。
個人的にはどう見てもシミターには見えませんが、形が似ているらしいです。
結論。
起源が古すぎ、世界各地に広がり過ぎた、湾曲した刀がシミターです。
少なくとも、『シミター』の名で伝わっているものは、起源ではありません。
信用できそうな情報があれば、ご一報ください。
大きな括りなら、日本刀もシミターの仲間かもしれません。
一応、野太刀のようなシャムシールもあるそうです。
「お前に俺が切れるのか? 泣き虫カムラよ」
まだ諦めていないのか、ダエイは周囲に視線を巡らせながら、カムラの隙を窺う。
「お前は変わっちまったんだな。俺だって……昔とは違うんだよ」
一息に懐へ飛び込むダエイのナイフが、カムラの首筋へ伸びる。
カムラは鎧の肩当を刃に当て、軌道を逸らすとシミターを横薙ぎに振る。
血塗れの体とは思えない程、軽やかにダエイが飛び
「言ったろ? 昔とは違うんだよ」
カムラの呟くような、渇いた声が漏れる。
完全に躱したつもりでいたダエイが膝をつく。
「ぐぅ……躱せなかったのか……」
左の太腿に、カムラのシミターの刃が届いていた。
「久しぶりに会えて……嬉しかったよ」
動けないダエイの首筋の急所を、カムラのシミターが刎ね切った。
ゆっくりと幼馴染が崩れ落ちるのを、表情の消えたカムラが見下ろしていた。
「すまない……アリア」
小さく誰かの名を呼び、ダエイは静かに息を引き取った。
何処かに待っている女性なのか。
大金が必要だったのだろうか。
何も話さず、ダエイは眠った。
「いいのかい? 帰らせて」
「一応国宝を狙った盗賊の仲間だぜ?」
騒ぎの後、カムラ達を帰らせた国王に、側近の二人が問いかける。
「連れ込んだのは俺だしな、それに……」
何かを気にする国王に、側近が懸念を口にする。
「あの男か?」
「あぁ……あの男とは敵対したくない」
「それほどなのか?」
「一度だけ、遠目にだが見た事がある。全てを犠牲にする覚悟がいる相手だ」
彼等、カムラ達が師匠と呼ぶ、正体不明の男。
カミュは男を見かけた時を思い出す。
強さもあるが、敵対したくない理由は、それだけではなかった。
あの目と雰囲気は知っている。
傭兵として数々の戦場を、渡り歩いてきた経験が警鐘をならす。
武器を持たない民間人を、楽しそうに殺す者。
敵の家族に手を出す者。
敵地を焼き払うのを好む者。
戦場で見て来た、異常な者達。
そんな奴等と同じ
「まぁ、今回の盗みは、ダエイとか言う奴の独断だろうがな」
「依頼か命令した奴はいるだろうが、英雄は関係ないだろう」
側近達もカムラを断罪したい訳ではないようだ。
血生臭い記憶を酒で流すように、ジンの瓶を傾けるカミュ。
「折角手に入れた王国だ。今は無駄に争う必要はなかろうよ」
男を恐れて……というよりは、係わりたくない、というのが正直な気持ちだった。
国を手に入れた傭兵は、全てを投げうってまで戦う気力はなかった。
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