第155話 子爵子息

 肩に猫のエルザを乗せた、羊のレイネが街を行く。

 枷も無く買い物に行かされる奴隷。

「自由すぎない?」

 怖いくらいの自由に、慣れない猫のエルザ。

「マスターの器が大きいのか、奴隷に興味ないのか……」

 羊の獣人で奴隷のレイネがこたえる。

 その顔は、まんま羊なので感情は分かり難い。

 買い物ついでに、広場の見世物を見物する二人。

 犯罪奴隷の扱いとしては、確かに自由すぎるようだ。


「人間動物園だって、おかしな事考えるのね」

「人喰いの匂いはしないけどね……」

 どこから攫ってきたのか、未開の地の原住民だろうか。

 襤褸ぼろを着た、数人の男女が柵の中で犬を喰わされていた。

 それを囲んで眉を顰める街の人々。

 捕まえた何処かの原住民を、食人族として見世物にしていた。

 犯罪者であり、奴隷の二人でも、余り気分は良くない見世物だった。

 それでも見世物はかなり盛況であり、囲む人が途切れはしなかった。


 人間動物園

 こちらの世界でも実際に行われていた見世物だったりします。

 しかも中世どころか近代です。

 場所によっては現代かもしれません。

 ほんの100年程前まで、主にヨーロッパ等で、実際に行われていたそうです。

 攫ってきた未開の地の人々を、食人族だとして見世物にしていたそうです。

 神でも悪魔でも考えつかない様な事をする人間。

 流石は神の似姿ですね。

 神に似せて創られたとするのならば、神は滅ぼすべきだと思います。


「正直助かったりはしました。そこそこ邪魔ではあったので……」

 男の家に来たエミールが、手作りのザッハトルテを食べながら洩らす。

「やらかした貴族だけは逃げたそうですね」

「それでも中心的な伯爵などは逃げ遅れました」


 査問会を開いていた貴族達は、突如現れた魔獣に襲われた。

 彼等はエミールとは敵対する派閥の者達。

 魔獣に殺され、エミールとしてはたすかっていた。

「ドラゴンとか投げ込まれなくて良かったですね~」

 男はまるで他人事ひとごとのように、呆れたエミールに笑いかける。

「……そうですね」

 リトは男の隣で、肉塊を夢中で齧っていた。


「おっと、そろそろ戻らなきゃ」

 羊のレイネが遊び過ぎたかと、時間を気にする。

「そうね……ちょっと、自由過ぎる奴隷よね」

 肩に乗るエルザも自分達の待遇に戸惑っていた。

 家に戻ろうとしたレイネが、道の脇にそっと避ける。

 護衛をゾロゾロと連れた貴族のボンボンが道を通る。


「ん? こんな町中まちなかに獣人の奴隷がいるのか。飼い主は何をしているんだ」

 護衛に囲まれた青年が、レイネに目をとめる。

 大きく大胆に空いたスリットから見えるふともも。

 そこには奴隷の証、蒼い(くすんだ青)奴隷紋が見えていた。

 通常は赤であり、従順な者でも赤紫であった。

 ほぼ信仰に近いリトの澄んだ青には及ばないが、レイネも蒼になっていた。


「奴隷紋って赤いんじゃなかったか?」

「くすんでる感じだが、これは青か?」

 護衛達が、見た事の無い蒼い奴隷紋に戸惑っている。

 レイネは、うつむきジッと大人しくしていた。

 貴族と揉め事を起こす訳にはいかない。

「おい、獣人。これは奴隷紋なのか?」

「……はい」

 目線を下げたまま、レイネが短く答える。


 ただの猫のフリをするエルザは、舌打ちをしたい気分だった。

 彼女は人には聞き取れない声で、レイネの耳元で囁く。

「面倒なのに見つかったね。こいつピエールだよ」

 レイネの鼻にシワがよる。

「子爵……ロイだかルイだかの嫡子」


 一部では有名な貴族の子息だった。

 街を練り歩き、平民に難癖をつけて廻る。

 護衛のゴロツキを使って、暴力を振るう事もあるという。

 噂では若い女性を攫って、乱暴する事もあると言われている。

 そんな奴でも、逆らえば主人である男に迷惑がかかる。

 飽きて通り過ぎてくれる事を願い、大人しくしているしかなかった。


「まったく、どこの奴隷だ。けがらわしい」

 乳房の並ぶレイネの腹を、ピエールが突然蹴り上げる。

 レイネは呻き声もあげずに耐える。

 それが気に障ったのか、嗜虐心をくすぐられたのか。

 いやらしく笑うピエール。

 ニヤニヤしながら護衛を見て、アゴでレイネを指す。


「はい」

 短く応えた破落戸が、レイネを殴りつける。

「ぐっ……」

 短く呻くが、目線を下げたまま耐えるレイネ。

「ほぉ……ほっほっほ。泣き喚くところが見てみたいなぁ」

 ピエールはさらに興奮して、破落戸をけしかける。


 護衛として従っていた男達が、レイネを囲む。

 男達に殴られ血を滴らせながらも、レイネは立ったまま耐える。

「しぶといなっ」

 れた破落戸がレイネの足を蹴る。

 太腿に来た足を、レイネが払いのけた。

「貴様っ、抵抗する気か!」


 奴隷紋を咄嗟に守ってしまったレイネ。

 小さな抵抗に怒りを見せ、棍棒を振り下ろしレイネを殴り倒す。

「レイネっ!」

 倒れたレイネにエルザが叫び、奴隷紋のある太腿に抱きつく。

「エルザ……バカね」

 猫のフリをしていれば、痛い思いをしなくても済むだろうに。

 奴隷紋だけは護るかのように、レイネはエルザごと膝を抱えた。


「なんだ、こいつら」

「やっちまえ!」

 倒れた二人を囲んだ破落戸達が、鞭や棍棒を叩きつける。

 意識が薄れ、途切れても、レイネもエルザも大事なモノだけは護る。

 二人の奴隷紋だけは土を被らず、蒼く、静かに光っていた。

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