第154話 救国の英雄
「……やりすぎです」
報告を受け、男に会ったエミールが、泣きそうな顔で漏らす。
「本当に倒せる相手なのですか?」
心配そうにマルコが男に訪ねる。
「さぁ……『魔物を投げ込んで欲しい』としか言ってませんから」
男は暢気に答える。
「彼らが倒せなかった場合も、想定していますよね」
「もちろんですよ。その時は、急いで逃げます」
エミールの問いに
リトは最近のお気に入り、ワニの足を齧っていた。
「こんなもんかな?」
魔獣の前に立ち塞がるカムラの背に、シアが手を当て魔力を流す。
「あ……シア、それだめって言われたのに」
それを見て、何をしたのか察したトムイが固まる。
「おいおいおい。シア……使うなって師匠が……んぐぅ!」
抗議も虚しくカムラの体が悲鳴をあげる。
「だってここじゃ狭くて、これくらいしか出来ないもの」
生き残る為には仕方がないと、シアは禁止された強化魔法を使う。
師匠と呼ばれる男でも、耐えきれない程の身体強化。
「ヒョオオォ……ヒィイイイ!」
「んぎぃ~……ひぃいいいい」
悲鳴のように吠える魔獣と、無理な強化で悲鳴をあげるカムラ。
虎柄の右前足が、カムラを襲う。
屈んで潜り抜け左側へ、魔獣の右側へ転がり躱すカムラ。
前足を殴りつけ、そのまま駆け抜けずに、元の位置へ戻る。
「やっぱ効かないか……師匠みたいにはいかないな」
身体強化されていても、素手で魔獣と殴り合えるカムラではなかった。
それでも彼は退かない。
後ろにはトムイとシアがいる。
駆け抜ける訳にはいかないし、退くわけにもいかない。
休む間もなく前足の鋭い爪が宙を裂く。
身を反らし躱したカムラの前で、魔獣が身を捻る。
猛獣のような後ろ足が蹴り上げ、上から尻尾の蛇の牙が降る。
泣きそうになりながらも、必死に小さな動きで躱すカムラ。
「もうちょい右~。もうちょい~」
後ろから暢気なトムイの指示が飛ぶ。
魔法で強化されていても、一撃くらえば命をもっていかれる。
カムラは死線ギリギリで一人、魔獣を誘導しながら耐えていた。
査問委員の一人、子爵のルイは秘密の裏口から抜け出した。
そもそもの原因、戦場で勝手をした貴族。
カムラ達を処分しようとしていた男。
その子爵だけが騒ぎの中、一人だけ抜け出していた。
彼は衛兵の
すぐに城へ、エミールのもとへも報告があがる。
「大騒ぎになってるようです。行って貰えますよね」
待機していた男に、エミールの笑顔が向けられる。
「はぁ~……分かりましたよ。恐い笑顔はやめてください」
溜息を吐きながら男が立ち上がると、リトも大きなザックを背負う。
「行くよカリム。出番だよ~」
「いや、もう悪魔だけでいっぱいいっぱいなんだが……」
ペチペチと叩きながら、リトがカリム様を急かす。
持ち上げられ過ぎて、少し後悔し始めたカリム様が出動する。
「カムラ!」
トムイの合図でカムラが飛び退く。
前足を振り上げた魔獣に、張り巡らせた鋼糸が絡みつく。
「ヒョオオオオッ!」
のたうち回る魔獣に、糸が絡みついていき、動きを制限する。
「いっくよぉ!」
後ろの瓦礫の陰から、シアが魔力を放つ。
「うわぁああ、待って待ってぇ!」
カムラが慌てて駆け込み、トムイが瓦礫の陰に引き込む。
楽しそうなシアの魔力が爆裂に変わり、魔獣の巨体を爆風が吹き飛ばす。
「わぁあああああっ!」
耳を守る為、大声で叫ぶトムイ。
叫ぶ力もなく、ぐったりと動けなくなっているカムラ。
強化魔法が解け、尋常でない筋肉痛がカムラを
「魔獣は上階で査問会の貴族を襲っている。街には逃がせぬぞ!」
塔の前で衛兵を連れたカリム様が吠える。
立派な体格と、派手な獅子のような黄金の髪。
公爵という、最上級の貴族でありながら、世界を救った英雄。
突如王都を襲った魔獣にも、素早く勇敢に立ち向かう。
例え心中では泣き言だらけで、後悔しかなかったとしても。
王国では基本、公爵は一代限りの爵位だった。
王の弟が受ける爵位であり、余程何か貢献がなければ、受け継がれはしない。
何処かへ婿いりしなければ、貴族ではなくなる公爵。
祖父から父へ、父からカリム様へ、何故か受け継がれた公爵位。
どう扱っていいのか、はれもの状態だったカリム様。
政治に絡む事もなく、忘れられていた公爵を担ぎ出した侯爵。
エミールの計略に乗り、軽い気持ちで表に担ぎ出されたカリム様だった。
いつの間にか各地の魔物を倒し、国を滅ぼす程の悪魔さえ討ち取った。
そんな英雄にされていた。
「どうしてこうなった……」
そんな言葉が心の中で繰り返される。
そんなカリム様の目前に、塔の上から魔獣が降ってくる。
潰されなかっただけ、何かを持ってはいるカリム様。
撒き上がる砂埃に衛兵達が目を逸らす。
だれかにとって都合よく、声も出せないカリム様。
その脇を駆け抜ける影。
魔獣の首筋から喉を切り裂き、カリム様の背を押す男。
よろめくように前に出て、その手の大剣が魔獣の傷に突き刺さる。
砂埃が晴れると、一振りで魔獣を仕留めたカリム様が、衛兵の目に映る。
「「うぉおおおおっ!」」
会敵必殺
一瞬で魔獣を仕留めたカリム様に、兵達が雄叫びをあげる。
「流石はカリム様だ!」
「誰も動けない中、一瞬で仕留めたぞ」
「町は護られた」
「救国の英雄だ!」
「おおぉー……カリム、英雄だって」
良く分かっていないリトが、称えられるカリム様を見ていた。
「うん。凄いなぁ……」
なまあたたかい、ゆるい視線をカリム様に向ける男。
カリム様に向け、黙って手を合わせていた。
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