第153話 トラツグミ
「もう少し早く、どうにかならなかったのですか」
「すみません。カリム様の騒ぎが大きくなりすぎまして」
「仕方ありませんね。見捨てるのも可哀想なので、ちょっと派手になりますよ」
「エミール様には話を通してあるますが、ほどほどでお願いします」
「まぁ、程度は爺さん次第ですが、大丈夫でしょう」
少し不穏な、秘密の会話。
のんびり肉を貪るリトの傍で、男とマルコのやりとりがあった。
そんな王都の上空。
「本当に大丈夫なのか?」
背に座る人間に訊ねる。
「大丈夫なんじゃないか?」
面倒くさそうに答える。
「あの人間には借りがあったろう」
「だから来てやったのではないか」
「これで借りを返せるかのぉ?」
賢者ナイジェルと金龍の不穏な会話だった。
黄金の龍は大きな獣を鷲掴みにして、王都上空を高く高く飛んで行く。
王都の査問会が終わり、カムラ達の刑が決まった。
「ど、どどど……どうしよう!」
「シア、シアシア、どうするどうすんの?」
トムイとカムラの男二人は慌てふためき、シアにしがみついて悶える。
「はぁ……ちょっとは落ち着きなさいよ」
「だって、だって死刑だよ?」
トムイも落ち着きをなくし、泣きそうな声を出す。
「貴族に逆らったら、生きていけないって噂じゃないか。どうすんだよ」
涙目のカムラが、シアに泣きつく。
「どうって、殺されるなら足掻くしかないでしょ」
シアは敵が貴族でも国でも、大人しく殺される気はなかった。
彼女が師から、そしてリトから学んだこと。
「俺達は間違った事はしてないしな」
剣も鎧もないカムラも覚悟を決める。
「装備もないし、鋼糸と
どこに隠していたのか、トムイは最低限の武器を持ち込んでいた。
「じゃあ、挨拶代わりに一発、この部屋を吹き飛ばしましょうかね」
魔力を練るシア。
「ヒョオオオ……ヒィィ……」
口笛のような、悲鳴のような、何かの
査問が終わる部屋に、奇妙で不気味な鳴き声が聞こえて来る。
貴族達もキョロキョロと辺りを見回す。
「……上?」
声は上から聞こえてくる。
しかも近づいて来る。
「「うぉおおおっ!」」
突如天井を、壁を貫き、何かが飛び込んできた。
「うはぁ!」
「な、なんだぁ!」
「ば、バケモノだぁ!」
急に飛び込んで来た魔獣に、今度は貴族達が慌てふためく。
『ふためく』は、『はためく』からきているとも謂われます。
落ち着きなくバタバタと音を立てて、うろつき回る様子。
そんな、見ている分には滑稽な、貴族達を見下ろすドラゴン。
「これでいいのか?」
背の賢者に金龍が、心配そうに訊ねる。
「あの男の依頼通りだ。文句はなかろうよ」
見つかって面倒になる前に、龍は飛び去って行く。
王都の塔へ魔獣を投げつけ、飛んで逃げる評議国の賢者と龍。
普通に国際問題であり、貴族を狙ったテロだ。
賢者が言うには、男の依頼だと言っていたが。
四つ足の大きな獣が、瓦礫の中から起き上がる。
「ヒィィイイイイイッ」
悲鳴の様な不気味な声で叫ぶ。
黄色地に黒い線が混じったような、黄色と黒の斑模様の足。
ずんぐりした茶色い体に、人のように見えなくもない顔。
尻尾の代わりに蛇が生えていた。
金龍に捕まり、無理矢理投げ込まれたソレは怒っていた。
無理矢理攫われ、石造りの塔に投げつけられたのだから当然だが。
目につく貴族達に、手当り次第襲い掛かる。
噛み千切り、鋭い爪で引き裂いていく。
「うわぁ……大惨事だな」
「まぁ、どっちみちシアの爆裂が炸裂してたけどね」
慌てていたトムイとカムラは、魔獣を見て逆に落ち着いていた。
「のんびりしてる場合じゃないでしょ。あれはミナイよ……たぶんね」
「へぇ~あれがそうなんだぁ。初めて見たねぇ」
聞いた事だけはある、名前だけは一部で有名な魔獣だった。
日本の、主に関西で見られる魔物、妖怪。
黒い雲に隠れていて見えないらしいですが。
顔は猿で胴は狸、足は虎で尻尾は蛇という、和製キメラです。
見えないはずなのに。
虎はどこから来たのでしょうね。
昔は日本にも虎がいたのでしょうか。
悲鳴のような鳴き声の魔物は、トラツグミのような声で啼くそうです。
「ヒョオヒョオ」と啼くともいわれます。
トラツグミという小鳥の別名、
作中で『鵺のような声の魔物』として、平家物語に登場するものも鵺とされます。
雲に乗り空を駆け、嵐を呼び雷を落とす、不死身の獣ともいわれます。
はっきりとしない、なんだか分からないものが鵺だといいます。
はっきり鵺だと認識された魔物は、鵺ではないのかもしれません。
正体不明の不気味な魔物、謎の鳴き声と何故か虎が入っているキメラです。
元共和国界隈では『ミナイ』と呼ばれていました。
そんな魔獣が金龍に投げ込まれ、塔の中で暴れ回っていた。
爆弾よりも厄介かもしれない、魔獣テロの被害に遭う王国城下町。
武器も防具もないまま立ち向かうカムラ。
壁が崩れ、逃げ道を塞がれて、仕方なく立ち向かうトムイ。
「貴族を助けるのも面白くないけど……先ずはミナイを仕留めるよ」
シアの指示でトムイが、小袋を魔獣に投げつける。
猿のような顔の前で、シアの魔力が
鉄片が飛び散り、鵺の顔に突き刺さる。
「ヒィイイイイィ」
悲鳴をあげ、二階席から鵺が飛び降りた。
「いや、悲鳴なのか鳴き声なのか」
呆れ気味なカムラが、装備なしでも最前列へ進み出る。
「紛らわしいよねぇ。幾らか効いててくれるといいけど」
トムイは、こっそり鋼糸の罠を張り巡らせる。
「装備もないんだから、気合入れなさいよ!」
シアが男二人を鼓舞する。
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