第151話 精霊と聖女

「あの時の借りを返しましょう……」

 男の耳元で、女性の声がする。

 どこかで聞いた声だ。

 男の頬が光り、しずくが……光の雫が地面に落ちる。


 荒野に太い根が走る。

 植物の、巨木きょぼくの根が大地を裂いて伸びる。

 荒野の中心に芽が出たかと思うと、一気に見上げる大木に育っていく。

 次々と伸びて絡み合い、天を突く巨木となる。

 雲の上に大きく広げた枝に葉を広げ、辺り一面が木陰に隠れる。


「お久しぶりですね。私の本体の一部です」

 ほぼ透けている薄い衣を纏っただけの女性が、地面から生えてくる。

 以前、森で出会ったドライアドだった。

「貴女でしたか、お久しぶりです」

 巨木と木の精を前に、声も出ないシア達。


 暢気に挨拶を交わす男に、ドライアドが告げる。

「私の本体、世界樹が力を貸しましょう」

 世界樹の木陰に光が降り注ぐ。

 粉雪のように、小さな光が人々に降り注ぐ。


 暖かな光が倒れた人々の傷を癒していく。

「ギィヤァアアアア!」

 黒い魔獣は光の粒に苦しみ悶え、悲鳴をあげて転がりまわる。

 シアとリトが、動けない男にマントを広げて被せる。

「いや……俺は闇の眷属じゃないぞ?」


 世界樹から降り注ぐ光の粒は、魔獣の体を焼き焦がしていく。

 まるで焼きごてでも押し付けられたかのように。

 煙をあげ、魔獣の体が焼けただれていく。

 地面が盛り上がり、大きなつぼみ? が現れた。

 ドライアドの隣に突如現れた蕾のような塊が開く。


 花が咲くように開いた中には、白い衣の女性が一人。

「ふふ……私も、あの時のお礼に来ました」

 いつかの鬼と出会った時の女性だった。

 神の加護を受けた、法国の大聖女ロレーナが地中から現れた。

 流石の男も、これには驚いたようで、口を開けていた。


 神の力を感じたのか、光の粒に苛立ったのか。

 魔獣が兵士を蹴散らし、ドライアドへ向かって駆け出した。

 しかしガクっと速度が落ち、急に動きが鈍る。

「神の奇跡で弱体化されました。人の力でも戦えるでしょう」

 何が楽しいのか嬉しいのか、ロレーナが爽やかな笑顔で男に手を伸ばす。


「フーッ!」

 男の前でナイフを構えたリトが、ロレーナを威嚇する。

「さがっていなさい、リト」

「シャーッ!」

 今にも噛みつきそうだが、威嚇しながらも後ろへ下がるリト。


「あらあら……嫌われちゃったかなぁ」

 ロレーナの手が触れると、男の体に力が戻る。

「また手をかけさせましたね。礼をいいますよ」

「うふふ……お礼に来たのはこちらですよ。それに今回のは治癒ではありません」

「急激な強化の反動で、動けなくなっていただけですが」

 男は何か嫌な予感がする。


「これも身体強化みたいなものです。神の祝福ですよ」

「その代償は?」

「効果が切れた後、すこぉしだけ動けなくなる……かもしれません」

 ニコニコうふふ……と笑う精霊と聖女。


 駆けてくる魔獣の後ろで、大木が天を突き上げるように生えだす。

 無数の木が男達を囲むように、隙間なく伸びて壁を創る。

「どうぞ御存分に……」

 ドライアドの闘技場で、魔獣を迎え撃つ男が静かに抜刀した。


 動きが鈍りはしても、人には有り得ない勢いで魔獣が迫る。

「ふぅ……」

 小さく息を吐き、引いた左足に体重をかける。

 踵をあげ、爪先辺りに切先を添えて、魔獣の突進を待ち構える。


 邪魔をするなと言わんばかりに、魔獣の右腕が男に振り下ろされる。

 駆けて来た勢いのまま、身体ごと丸太の様な腕が迫る。

 ドライアドもロレーナも、男の後ろで身動じろぎもせず、笑顔で立っていた。

 このまま身を躱してやろうかと、そんな考えが男の頭をよぎる。


 魔獣の腕の下で、男の左足が地を蹴る。

 音もなく、井上真改いのうえしんかいが擦り上がる。

 体重が、前に残されていた右足に移る。

 男の頭の位置がずれ、魔獣の腕が頭をかすめる。

 振り下ろされた右腕の内側、その根元を男の真改がね切った。

 魔獣の腕が、力なく垂れ下がる。


「ふっ!」

 短い気合と共に、跳ね上がった刃が返され、振り下ろされる。

 魔獣の顔を深々と切り割った刀が、鱗に守られた厚い胸板まで切り裂く。

 それでも魔獣は止まらず、左腕を横に振り、前方を薙ぎ払う。

 男を捉えた腕が振り抜かれるが、右足を軸に男の体が回る。

 魔獣の腕を受け流し、男の左足が力強く踏み込まれた。


 魔獣の一撃、その勢いのまま真改が車輪に回され、その魔獣の腕を切り裂く。

「ウゴォオオオオッ!」

 左腕も垂れ下がった魔獣が吠える。

 世界樹と神の奇跡により、魔法も封じられた獣が、怒りに任せ牙をむく。


「タフだな……リト!」

 飛び退しさった男が刀を地に刺し、右手を後ろに伸ばす。

「あい!」

 自然に、それが当たり前のように、リトが背負った野太刀を差し出す。

 それを男が握ると、リトが滑る様に下がり、長大な太刀が抜刀される。


「ウブルゥガァアアア!」

 口を大きく開いた魔獣が、牙を突き立てようと、男に突っ込んでいく。

 一閃

 駆け抜けた男の刃が閃光となり、巨大な魔獣の胸下に吸い込まれた。


 体を両断しそうな程深く、大きく切り裂かれた魔獣が倒れる。

「カリム様、出番ですよ」

「お、おう!」


 カリム様の剣が、倒れた魔獣の顔に突き立てられる。

「ギュアアアアア……」

 響く断末魔と共に、囲んでいた木々が地中に消える。

 魔獣と共に力尽きた男も倒れ、カリム様だけが荒野の中心に立っていた。

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