第150話 置き土産
確かに斬った手応えはあったが、刃には何も残らなかった。
悪魔は幻だったかのように、全て綺麗に消えていた。
刀を拭い、鞘に仕舞った男が崩れ落ちるように、ガクっと膝を着く。
ミハイルが駆け戻ってくる。後ろからシアも駆けて来た。
リトはいつの間にか当たり前のように、男の脇にいた。
「シアさん……これは人に使ってはいけませんよ」
「あ……はい」
シアの強化魔法は人の限界を超えるものだったようだ。
限界以上に強化された男の体は、反動で立ち上がる事も出来なくなっていた。
「試していなかったのですか。まぁ、悪魔は倒せましたから」
ミハイルが呆れながらも、一件落着だと笑う。
「危なかったね……カムラに使われてたら、どうなってたか……」
「体がバラバラになるか、弾け飛ぶか……生きてはいないだろうなぁ」
トムイは、動けないカムラと一緒に、少し離れた場所で男の反動を震えながら見ていた。特にカムラは、あれが自分に使われる日を想い、泣きそうになっていた。
都合よく、悪魔の攻撃で皆吹き飛ばされ、あちこちに転がっていて、男の一撃は見られていなかった。どうにかカリム様の手柄に出来そうだ。
しかし、男は機嫌が悪いのか緊張した顔のまま、悪魔が消えた辺りを睨んでいた。
「おいおい、やめてくれよ。今、倒したろう」
カリム様が怖いからやめろ、と男を宥めるが、男は腰の刀に手をかける。
「嫌な予感がする……」
死地を潜り抜けてきた経験なのか、男は危険だか危機か、そんな
悪魔が消えた辺りに、うっすらと貴族のような老人の姿が浮かぶ。
「やぁ、さっきぶり。残念なお知らせがあるんだが……怒らずに聞いておくれ」
先程消えた筈の悪魔が、さらにフランクになって現れた。
「その問題と一緒に消えて下さい」
男の言葉にも怯まず、悪魔は残念なお知らせを告げる。
「この体に溜まっていた力が、思いの外強かったようでな。消えずに残ってしまっておるので、恐らく魔物となって暴れ出すだろうから、なんとかしておくれ」
厄介な置き土産が残っていた。
「それはどの程度の魔物ですか」
不機嫌な男の言葉に、悪魔が軽く応える。
「先程の体の3倍くらい……かな? 頑張って抑えておったのだぞ? まぁ、頑張ってくれ。他の上級魔族は既に片付けておいたから、な? ではな……」
言いたいだけ言って、悪魔は消えた。
そこへ黒いモヤのようなものが集まり、大きく膨れ上がっていく。
浮かれていた連合軍も異常に気付き、慌てどよめき騒ぎ出す。
黒い塊は人型になっていった。
両足で立ち、腕が二本ある。人要素はそのくらいではあったが。
黒くちぢれた、短い体毛に包まれた筋肉質の、猿のような見た目の巨体。
人の倍はある体に、丸太のような手足が生えていた。
身体の全面、腹から胸には毛が無く、硬そうな鱗のようなものに覆われている。
その顔は猿っぽくはなく、低いが角ばった大きな鼻があり、牛のような、水牛を思わせるような顔で、毛は生えていなかった。
さらに尻尾が後ろに伸びる。尻に噛みついた芋虫のような、チョココロネを尻に付けたような、太い毛のない尻尾が一本伸びていた。
「フゴォオオオオオ!」
悪魔の残骸が雄叫びをあげる。
当然のように魔法を使い、空から黒い流星が降り注ぎ、囲む連合軍を襲う。
瘴気の塊のような黒い塊は人を薙ぎ倒し、大地で破裂し飛び散り肌を焼き蝕む。
黒い塊に触れると重度の火傷の様に、鎧も肌も
そんな厄介な塊が無数に降り注ぐ中、唯一効果がない悪魔の残骸、黒い魔獣が駆け抜け暴れ回る。大きな魔獣が連合軍を蹴散らしていく。
兵士達のあげる悲鳴を、嬉しそうに聞いて、はしゃぐように暴れて廻る。
「参りましたねぇ……体が動きません」
男は強化魔法の反動で、本気で動けないようだ。
その前にはナイフを抜いたリトが、男を護るように立塞がる。
「あの悪魔と違い、手加減なしのようですね。それでも抗うしかありませんが」
白刃を抜いたミハイルが、一人魔獣へ斬りかかっていく。
「もの凄いのが出て来たのぉ……もう一働きかぁ。老体は労わるもんだぞ」
そういえば自分で転がっていっただけだったヴィルムが起き上がり、ミハイルに続いて魔獣を追って駆け出した。元気な爺さんだ。
加減したとはいえ、悪魔の一撃を受けて吹っ飛んだロビンとロベルトは、まだ起き上がれずに倒れたまま呻いていた。
「ンゴォオオオ!」
大きくあけた魔獣の口から、燃える火の球が吐き出され、勢いよく帝国軍へ放たれるが、見えない壁に当たり弾け飛ぶ。
帝国軍の魔法障壁が、魔獣の魔法を防ぐが、たった一発で障壁も砕け散る。
「狼狽えるな! 態勢を立て直すぞ」
将軍ヨシュアが各隊に指示を出し、立て直そうとするが、魔獣は縦横無尽に駆け回り、兵士の集団を軍として機能させない。
恐怖からパニックを起こし、兵達に指示が伝わらない。
命令が伝わらなくなると、数の多さが仇になる。
兵士一人一人、その全てが命ある限り戦う戦士ではない。
最後の一兵になっても戦う覚悟、それがある者だけ揃えた訳でもなかった。
少数ならば例え半数が死んでも、残りは戦えるかもしれない。
しかし損害は2割3割でも、パニックを起こし逃げ惑う者が出て来ると、集団には恐怖が伝播していき、一気に崩壊する。
数が多ければ多い程、立て直しは困難となる。
そんな集団の中を魔獣が暴れ回り、混乱は広がっていく。
ミハイルもヴィルムも魔獣と戦うどころか、味方である筈の混乱した兵士達に阻まれ、敵に近付く事すら出来ずにいた。
カムラも怪我で動けない。
Sランクのロベルトも、帝国のロビンも、まだ立ち上がれない。
男も強化の反動が消えず、逃げる事も出来ずにいた。
「お、おい、どうするんだ?」
カリム様が男の後ろに避難しながら、動けない男に問いかける。
「これはマズイなぁ……どうしたもんか」
「逃げる? マスターだけなら引き摺って逃げられるかも」
リトがナイフを構えたまま、男の命令を待つ。
気合と根性で起き上がる男が、魔獣を一蹴する。
そんな奇跡が起きたりするものでしょうか。
動けない男の後ろへ隠れようと、無駄な努力をするカリム様。
蹂躙される連合軍と動けない精鋭達。
次回、日頃の行いが、因果応報が動けない男に……
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