第149話 二代目

「やっと来たか、待ち兼ねたぞ」

 光輝く派手な鎧姿のカリム様が、本隊から戦場へ出て来る。

「ちょっと目が多すぎますが、なんとかやってみましょうか」

 無理がある気もするが、男はカリム様の手柄にしたいようだ。


「流石に今回は無理だろう。各国注目の的だし、周りを囲まれておるぞ」

 カリム様も今回は、ごまかしようがないので諦めろ、と男に告げる。

「見ていても、見えないようにしますよ。各国に知れ渡るのはごめんです」


「いたたたたっ! いっ、痛っ、痛いっス! ひぎぃ!」

 リトに傷を縫われているカムラが煩い。

「煩い……もう終わるから、黙って」

 シアに縫い方を教えながら、リトが傷を縫っていた。

「なるほど……勉強になります」

 シアは真剣にリトの手の動きを見つめている。


「じゃあ、こっちの傷を縫ってみて」

「え? ちょっ……」

 慌てるカムラと真剣な目で応えるシア。

「は、はい!」

 2~3針縫うくらいの傷、縫わなくても死なない程度の傷を、シアに任せる。

 慌てて逃げ出そうとするカムラ。


「動かないで」

 リトのスティレットが、カムラの腕に刺さる。

 魔法の毒が回り、声も出せずにカムラは逃げられない。

 消毒縫合前に刺せば、麻酔代わりになったのだが、今更麻痺させる。


「さぁ、縫って」

「え……は、はい」

 静かになったし、動かないので処置しやすいかと、シアは頭を切り替えた。

 腕の傷は増えているが。


「深すぎ、皮だけ縫えばいい。うん、そんな感じ」

 リトは丁寧に指導していた。

 カムラは恐怖に引き攣ったような顔で、固まったまま練習台になるしかなかった。

「シアが縫合を覚えたら、迂闊に怪我出来ないねぇ」

 トムイは怪我より、シアの治療の方が怖いようだった。


「待ってましたよ」

 ミハイルも、男の元へ寄って来た。

「丁度いい所へ来てくれました。手伝って下さいミハイルくん」

 元々エミールに引き合わされたミハイルは、男が目立ちたくないのを知っている。

 剣の勇者を目くらましに使おうとしていた。


「なんだかわかりませんが、分かりました」

 何をするか聞く前に了承するミハイル。

 相変わらず疑う事を知らない、甘いお坊ちゃまだった。

 だがギルドのトップ、Sランクまで駆け上がっていた。

 甘さを凌駕する程の、天才剣士だったわけだ。


「まぁ、簡単に一言で云えば、ジェットストリームアタックですね」

「うん、分からん」

「さっぱり、一言も分かりませんね」

 当然伝わらない。


 簡単に言うとジェット気流とは、早い風です。

 地球の周りを蛇行しながら流れ、回る気流の事ですね。

 色々ありますが、一言でいうと偏西風です。

 偏西風攻撃ですね。

 対流圏上層を流れる偏西風も、成層圏も、誰も知らない世界です。

 ジェットも通じませんね。


「三人縦に並んで特攻です。最後尾のカリム様が倒したように見せます」

「なるほど……仕留め損なったら、カリム様が死にそうですね」

「うむ、まぁ……仕方なかろう。好きにせよ」

 剣を抜いたカリム様のお許しが出た。


「では、シアさん。アレをお願いします」

「へ? はい……あれ、ですか?」

 いきなり話を振られ、慌てるシア。

「前に賢者の爺さんがやってたでしょう。魔法で強化して下さい」

「師匠、それはやめた方が……」

「シアには無理だと思うよ?」


 トムイもカムラも止めに入るが、仕事を振られたシアが、張り切って立ち上がる。

「任せてください! やった事ないし、苦手だけど、頑張ります」

「……うん。まぁ、やる気があるのは良い事ですね」

 シアが槍の柄で、軽く男の背中をポンと叩く。


「あれ? んと……え?」

 うまくいかないのか、またコンコンと叩く。

 首を傾けながら、男の背中を何度も叩くシア。


「いや、ちょっと痛いですよ? シア?」

「待ってください。もうちょっとで……こう……こうか! 出来ました!」

 男の体に何かがみなぎっていく。

「これは、思っていたよりも凄そうです。体がもつでしょうか」


「おい! 何でもいいから早くしろ!」

「もう、もたんぞ」

 ミハイルまで抜けてしまい、ヴィルムとロベルトが叫ぶ。

 ロビンのツヴァイハンダーが、悪魔の魔力を削り取る。

「その前に倒す。悪魔を倒すのは、このロビンの剣だ」

 まだ元気いっぱい、ロビンは己を鼓舞して、悪魔を抑え込む。


「急いだ方が良さそうですね。先頭は任せますよ」

「任せて下さい。牽制くらいはしてみせます」

「とどめを刺してくれると助かります」

「はははっ、頑張ります。成長した姿を見せますよ」


 ミハイルが悪魔へ駆け出す。

「行きますよカリム様。離れず走ってくださいね」

 男もミハイルに続く。

「お、おう。死ぬ気で走るぞ」

 グレートソードを担ぐように構え、カリム様も駆ける。


「ふははははっ、いいぞぉ! 命を燃やせ!」

 楽しそうにわらう悪魔の一撃を、壁の様な楯が弾く。

「重戦車の異名は伊達じゃない。俺には神の加護があるんだ」

 法国の重戦士ロベルトが、悪魔の腕を弾くが、彼も衝撃で飛んで行く。


「お見事。帝国にあだなす者は、この剣が切り伏せる」

 ロビンの大剣が振り下ろされる。

 重い、その一撃を受けながらも、悪魔の反撃がロビンを襲う。

「若いもんに道を造るのもじじいの努めよ」

 ロビンを蹴り飛ばした悪魔に、反対側からヴィルムの戦斧が振り下ろされる。

 身体ごといった一撃に、片足で立つ悪魔の体が揺れ、体勢が崩れる。

 ヴィルムはそのまま転がっていく。


 バランスを崩した悪魔へ、三人の突撃が雪崩掛かる。

「いきますよ……これが這い上がってきた剣です」

 ミハイルの白い刃が光になる。

 目にもとまらぬ高速の剣が光芒となり、悪魔を切り裂き駆け抜ける。


「名工の大業物おおわざものだ。この一撃を土産に、とっとと帰りな」

 男の腰から抜く手も見せずに、抜き打たれるのは二代目和泉守国貞。

 剣閃が光に変わる、その間もない程、空気を裂く音もなく振り抜かれる。

 朝廷からも認められ、十六葉菊花紋が彫られた刀身が魔を断つ。

 居合一閃、駆け抜ける男の刀が、悪魔の首を一刀でね切っていた。


「うぉおおおおおっ!」

 雄叫びをあげ、カリム様の大剣が悪魔の体を、真っ向から斬り倒す。

 大部分の人間にはカリム様がとどめを刺したように見えなくもない。

「見事。また会おう人間よ……」


「まっぴら御免でございます」

 心底、嫌な顔で応える男に、笑いながら悪魔は消える。

 まるで天まで切り裂いたかのように、荒野に陽がす。

 その光に溶けるように、悪魔は静かに消えていった。

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