第146話 援軍

 襲い来る8本の鎌。

 必死に楯で防ぎ、剣で払うが、間に合う筈もない。

 鋼鉄の鎧でも防ぎきれず、斬り刻まれていくカムラ。

 それでも退く事なく、その場に立ち塞がる。

「無理! 絶対無理だって、もう無理だってぇ!」

 叫びは情けないが、たった一人で魔族を足止めする。

 そんな子供一人戦わせ、兵達は遠巻きにみているだけだった。


 後ろの本隊には、低級魔族が群がっていた。

「本隊も襲われてる! 早くしないと……集中集中……」

 後方の本隊へ向かう、低級魔族の群れを見て、焦るシア。

 いつもの爆裂魔法では、強力な魔族の防御を破れない。

 シアは焦る心を落ち着け、集中して魔力を練り上げる。

「シア、シア! もう無理だって!」

 泣き言を叫びながらも、カムラは一歩も退かず魔族を足止めする。

 兵士達を蹴散らした魔族を前に、シアが目を瞑って集中する。

「もっと、もっと……鋭く、硬く、濃く、細く……貫く力へ……」

 泣き叫ぶカムラが、魔族の攻撃を全てさばける。と、しっている。

 シアは無理に信じているのでもなく、それが当たり前だと思っていた。

 カムラは攻撃を受け止める。

 シアは防御を突き破る魔法を放つ。

 互いに、それが当たり前のように、信頼を超えた何かに従い動く。


 雪の積もる中を、トムイは一人駆ける。北へ。

 群れから低級魔族が、トムイへ襲い掛かる。

 翼を生やした3体の、小柄な魔族が空から、トムイへ一気に降下する。

 トムイは、それを見向きもせず駆け抜ける。

「今、急いでるんだから、邪魔しないでよ」

 目を凝らさなければ見えない程の、細い鋼の糸が宙を舞う。

 駆け抜けたトムイの後ろで、切り裂かれた魔族が雪原に埋まっていった。

 足を止める事なく真っ直ぐ。

 邪魔するものを蹴散らしながら、ただ真っ直ぐに駆け抜ける。


「ん~……にゃあっ!」

 力の抜ける掛け声と共に、カムラの楯が魔族の腕を弾き返す。

 表情のない虫の様な顔に、驚愕が確かに浮かぶ。

 その一瞬、その刹那に少年は動く。

 経験が生きたのか、その身体は意識する前に、弾かれたように動き出す。

 魔物も魔獣も、巨人の一撃までも受け止めて来た。

 実戦で鍛え上げられた、仲間を護る為の筋肉が、攻撃へ移行する。

 歪な程太い脚が、雪原をしっかりと踏みしめ、大地を蹴る。

 重い鎧で走り回った足腰が、全身の力を腕へ、握る剣へ伝えていく。

 渾身の攻撃を弾かれた驚きが、魔族の身体を包む魔力を乱す。

 そこへカムラの剣が振り上げられる。

 二人の家族を護ってきた腕が、魔族の左腕、4本の腕を根元から両断する。


「シア!」

 彼女もずっと兎の獣人を見ていた。

 リト程ではなくとも、誰にも気付かれず、シアが忍び寄っていた。

 魔族を斬り上げたカムラの陰から、シアが飛び出し槍を突き出す。

「強く、鋭く貫く力を!」

 呪文のようにブツブツと呟いて、練り上げた魔力が槍の穂先を包んでいた。

 紫の毒々しい血を振り撒く魔族の胸に、シアの槍が突き刺さる。

 硬い表皮に、薄い穂先が深く刺さる。

「やれ、シア!」

穿うがて! エクスぅプロージョン!」

 穂先の中に貯めこまれた魔力が、一気に魔族の体内で爆ぜる。

 爆発が体内を巡り、上半身の殆どを吹き飛ばした。

 断末魔の叫びをあげる間もなく、下半身だけになった魔族が倒れていく。

「次は後ろだ。急がなきゃ」

「そうだぁ、まだいたんだったぁ」

 止まる事なく、カムラは後方の低級魔族の群れへ、駆けだした。

 シアも、仕方なく後を追って走り出す。

 残されたのは、呆然とする兵士達だけだった。


 カムラとシアが合流して、持ちこたえる貴族の部隊。

 そこへ、トムイに騙された北側の部隊も、戻って来て合流する。

「遅い。何をしておったのだ? さっさと魔族を片付けんか」

 自分で出した指示も忘れ、遅いと文句をたれる子爵。

「カムラ、シア!」

「待ってたぜトムイ」

「もうちょっとだよ、気を抜かないで!」

 子爵の本隊前で、奮戦する二人に、トムイが合流する。


「ふむ。こんなものか? 残りは人間でも、どうにかなろう」

 上級魔族の頭を握り潰した、悪魔が辺りの気配を探る。

 荒野で待つ悪魔は、強大な魔族を集め、始末していた。

 人間が自分の所まで辿り着けるように。

 強すぎる魔族を間引いていた……素手で。

 そこへ帝国兵が現れた。

 何故か北側から、半端な数の中隊が駆けて来る。

「王国貴族はまだみたいじゃな。まぁいい、奴を狩るぞ」

 老兵が先頭を元気に駆ける。

「貴族の隊は西の筈だ。お前らは西へ行け」

 すぐ後ろにいた女性将官が部下を西へ向かわせる。


 北から悪魔の元へ来るには、高い雪山があった。

 彼等は迂回すべき山を、無理矢理越えて真っ直ぐ進軍して来ていた。

 帝国南の国境を護っていた一隊。

 老兵ヴィルムが率いる、国境警備隊だった。

 連合軍から、貴族の一隊の救助を命じられ、雪山を越えてきていた。

 副官カリンの指示で、部隊は西へ向かう。

 悪魔を倒せば済むと、一人突撃するおじいちゃん。

 ヴィルムを補佐するべく、仕方なくカリンが一人残る。

 大きすぎる戦斧バトルアックスを振り上げ、ヴィルムが悪魔に襲い掛かる。

 誰よりも早く攻め込んだ、一番乗りは国境警備隊。

 連合軍の一番手は帝国の老人ヴィルムだった。

 一番槍をもぎ取る、変態帝国の警備隊。


 ……警備ってそんな仕事でしょうか?

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