第145話 完璧な作戦

 止められる者もなく、暴走した一団は子爵の号令で突撃を開始する。

 元々少ない部隊を、さらに三つに分け、決死に突撃を仕掛ける。

 慎重に練られた作戦でも、思惑通りに行く事など、ほぼ有り得ない事。

 そんないくさの中、勢いだけの作戦が上手く運ぶ訳もない。

 中央本隊の先鋒の先遣隊、20名の小隊が上級魔族に襲われる。

 突如現れた魔族が、小隊に襲い掛かった。

 ぎりぎり人型ではあるが、細い8本の、虫の様な腕を持つ魔族だった。

 虫のような表情のない顔で、鋭い鎌の様な刃の付いた腕を振り回す。


 廻り込んでいた南側の部隊の前に、超巨大ゴーレムが現れる。

 襲い掛かるでもなく、ただ移動しているだけのようだが進軍が止まる。

 古代の遺産、現代では失われたゴーレム。

 大陸を、近辺の海を、何を求めているのか、彷徨うゴーレムだった。

 そのゴーレムは巨大というには大きすぎた。

 その巨体は120mはある山の様な巨人だった。

 どうにかも何も、どうにもならない質量だった。

 何も出来ず、災厄が通り過ぎるのを待つしかない。


 そんなゴーレムを、呆れて見上げる男が一人。

「これは予想外すぎるわ……素材は何だろうなぁ」

「知らない金属……硬そう」

 脇のリトも、のんびり見上げる。

 予想外の出来事を警戒していたが、これはどうにもならなかった。

「カムヒアーとか叫んで、こんなのが飛んできたら怖いな」

「マスターの国だと、アレが飛ぶの?」

「昔はな……それにしても、せっかくのコイツも出番なしだな」

 男の腰には、砕け散ったバスタードソードの代わりがあった。


 この戦の参加料だと、エミールから渡された一振り。

「迷宮からの流れ物です。向こうの世界の武器らしいですよ」

 向こうの世界の近接武器を、呼び出せる者がいたらしい。

 男の居た迷宮とは別だが、チェーンソーを振り回して戦っていたという。

 チェーンソーは武器ではないが。

「これは……」

 鞘から抜いた刀身を見つめ、男は息をのむ。

 それは日本刀であった。

「はぁぁ……見事ですねぇ、溜息しか出ませんよ。国貞でしょうか」


 酔ったような顔で、柄を外しなかごを見る。

 切られた銘は『和泉守国貞』

 裏には十六葉菊花紋があった。

「二代目でしたか、丸点なら寛文年間でしょうか」

 男の記憶では、菊の紋様を朝廷から許されたのが1658年だったはず。

 初期は中心が格子になっていたが、寛文4年頃から丸点になる。

 その後、延宝から格子菊に戻る。

 寛文元年から、銘は『和泉守国貞』になっていた筈だ。

 寛文12年頃から『井上真改』になった筈。

 ならば、この刀は1660年代のもの、という事になるかもしれない。

 男が向こうの世界で、お気に入りだった『井上和泉守真改』だった。


 井上和泉守国貞の後を継ぎ、二代目国貞を襲名した刀鍛冶です。

 朝廷にも認められた作刀は、重要文化財になっているものもあります。

 飫肥藩おびはんに仕え、藩主の命で和泉守を名乗ります。

 1672年に儒者を名乗る熊沢、とかいう奴に諭され真改を名乗ります。

 和泉守とは和泉を守る者、太守の事なので分不相応だと改名したそうです。

 その頃から、藩主の命でしか刀を打たない、鍛冶師となっていたようです。

 その為『真改』銘の刀は、数が少なくなっています。


 王国軍に参加する事になってしまったが、少しでも安全な居場所を求めた。

 こっそり本隊から離れ、中途半端な貴族の元に身を寄せる。

 傭兵とギルドの一部で構成された一団に紛れ込む。

 貴族ならば、やる気もないだろうと、男は読み間違えた。

 暴走した貴族の率いる一団に紛れ、最前線に来てしまう。

「なんで、こうなった……サボりたかっただけなのに」

 男は溜息まじりに、巨大ロボのようなゴーレムを見上げていた。


 中央の最前線に、突如現れた魔族。

 兵の攻撃は、硬い外皮に全て弾かれる。

 その大きな鎌のような腕が、兵に振り下ろされる。

 鉄の鎧も容易く切り裂きそうな、その一撃を丸楯が受け止める。

 兵の前に飛び込んだカムラが、反撃の剣を叩きつける。

 だが、その剣も硬い外皮に弾かれる。

「かってぇ! ヤバイって、斬れないぞ」

「魔力を纏ってるのよ。削り切るまでは無理だから、耐えなさい」

「えぇ~、無理だよぉ」

 シアの指示に、カムラは泣きそうな声で応える。

「いやぁ、本当に居たねぇ。流石師匠だ」

「じゃあ、カムラが耐えてる間に、お願いねトムイ」

 トムイは北へ向かって、全力で走り出す。


 中央の部隊が襲われたら、時間を稼ぎ、北側の部隊を呼び戻せ。

 3人が師匠と呼ぶ男に、こっそり教えられていた。

 北側の部隊に配置されていた3人だが、中央の部隊を見守っていた。

 少数で先行する最前線の小隊を、こっそり尾行して飛び込んだのだった。

 中央の本隊が襲われていると、貴族が危機だと北側の部隊を連れて来る。

 それが、足の速いトムイの仕事だった。

 その間、カムラが頑張って耐える。

 完璧とは程遠い、酷い策だった。


 悪魔のいる荒野の前、雪原に突如現れた魔族。

 それに誘われるように、低級魔族も集まって来る。

 勝手に皆を護るカムラとシア。

 調子に乗って、魔族に囲まれる子爵の本隊。

 貴族の暴走に巻き込まれた兵達を救う為、進行する連合軍本隊。

 貴族から離れ、北と南に分かれた小部隊。

 間に合うのはどの部隊か。

 男とリトが、やる気を出すのはいつなのか。

 作戦も何もない、グダグダな乱戦、混戦が始まる。

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