第144話 連合軍

 精霊と話せる。

 たかがそれだけで、そんな能力だけで参加している筈がない。

 男だけでなく、マルコもヴィンセントも、当然だと思っていた。

 皆、ウーピーを信用している者はいなかった。

「分かっていた事です。謝る事はありませんよ」

 男の周りに漂う霧が消えていく。

 男の左腕が、ウーピーの呪術を掻き消していく。

「え……な、なんで……何をしたの?」

「こちらも謝りはしません」

 答えを聞く事なく、彼女の意識は消える。

 ヴィンセントに喉を切り裂かれ、静かに倒れる。

「すみませんねぇ……魔法は効かないんですよ」

 以前、興味本位で近付いた、隕石からの攻撃なのか贈り物か。

 隕鉄の埋め込まれた左腕は、ある程度までの魔法を無効化する。

 男の近くで効果を出せるのは、人間では賢者くらいだった。


 魔族の群れと戦い散った、皇国のSランク狂戦士バーサーカーイゴール。

 魔族と戦い相討ちとなって、消滅した狩人の若者ロシュ。

 紛れ込んだ狩人ハンターモーリス、アンドレ、イザベル。

 油断から名もなき死人に討たれた、ロシュの兄アラン。

 魔女と相討ちになった、法国の僧兵、コレッジョ。

 魔獣の呪いを受けた、評議国の戦士レジーナ。

 情報の独占を狙いしくじった、評議国の呪術師ウーピー。

 帰還出来たのは、王国のマルコと帝国兵ヴィンセントだけだった。


「貴方は、どうします?」

 皇国の外れ、国境付近で男が訪ねる。

「そこまでは命令されてないよ。まぁ、出来れば一人で帰る気だったが」

 ヴィンセントが正直に答え、やる気はないと伝える。

 召喚の儀式に関する情報を持ち帰る事。

 それが彼の仕事ではあった。

 他国には渡せない情報でもある。


「目的の情報もありませんし、悪魔の事もありますからねぇ」

 男もマルコも、ヴィンセントの口を塞ぐ気はなかった。

 実際それどころでもない。

 すぐにでも軍を編成しなくてはならない。

「アンタはどうするんだ? 一度戻るのか?」

「後は軍の仕事ですから、勿論帰りますよ」

 ヴィンセントの問いに、男は当然帰ると答える。

 参加する気はなさそうだ。

「ちょ、ちょっと、待って下さい。悪魔はどうするんですか」

 マルコが、慌てて説得しながら4人は帰還する。


 王国と帝国に評議国、法国も参加する連合軍が皇国へ攻め込む。

 ギルドも冒険者ベンチャー狩人ハンターを集めて参加した。

 王国の貴公子ミハイル、法国の重戦車ロベルト。

 Sランク二人も参加し、そこそこの人数で戦力を揃えていた。

 ギルドは王国軍の一部として参加していた。

 しかし、王国軍は貴族ごとに集めた傭兵と、農民の寄せ集めでしかない。

 帝国軍を率いる将軍ヨシュアの指揮で各国が進む中、飛び出す一軍がいた。

 王国貴族数人が暴走する。

「ふん、悪魔なんぞ蹴散らしてくれるわ」

「こんな寒い所に、いつまでもいられるか」

「帝国なんかと並んで戦えるものか」

 自分勝手に喚き散らし、勝手に進軍していく。

 そこにギルドの一部隊も巻き込まれた。


 低級魔族を蹴散らしながら南下する、一団を率いるのはルイ子爵。

 なんとか止めようと、巻き込まれた低級貴族が説得を試みる。

 ルイ子爵とその取り巻きは、臆病者と罵り話にもならない。

 魔族に襲われ、仕方なく戦い続け、連合軍から孤立していった。

 王国軍本隊からもギルド本隊からも離れ、一気に皇国南端近くまで進んだ。

 南の山脈麓に布陣し、悪魔を攻める最後の会議が開かれた。


「既に完璧な作戦を考えてある。もう、勝ったようなものだ」

 だらしなく太った体を揺らし、ルイ子爵が作戦を伝える。

 子爵本隊が東へ、悪魔へ向け進軍するのに合わせ、南と北からも攻める。

 三方向から包囲殲滅する、完璧な作戦だという。

 敵の行動も、緊急時の対応も、何もない特攻だった。

 それでも逆らえる者も、止められる者もなく、作戦は決行される。


 そんな一団に巻き込まれていた三人の若者がいた。

「うわぁ、これはやばそうじゃない?」

 軽装の少年が、逃げようかと仲間と相談する。

「王国本隊か帝国軍と合流したいけど、敵前逃亡とか言われそうだよな」

 大きな丸楯を持った、重装の少年も脱出したいようだった。

「あの偉そうな貴族に魔法をぶち込んで逃げる?」

 細身の槍を持った少女は、魔法使いか、過激な事を言い出した。

 貴族の暴走に巻き込まれた若い冒険者は、物騒な相談をしていた。

 そこへ近付く、獣人を連れたおっさんが一人。


「一匹も逃がすな! 殲滅せんめつせよ!」

 帝国将官の指示が飛ぶ。

 低級魔族であろうとも、国境近くの村に被害が出るかもしれない。

 慎重な帝国軍は、殲滅して進んでいた。

 悪魔の待つ場所は、高い雪山に囲まれていた。

 東側から皇国に陸路で入り、一旦西へ、山脈を迂回する。

 そこから法国との国境近くまで南下する。

 そこから東へ向かう、というコの字の進路になっていた。

 文字としては逆コの字になるが。もしくはCの字か。

 深い雪としつこい魔族の襲撃が、進軍速度を遅らせる。

 暴走した貴族はどうでもいいが、巻き込まれた者達は助けたい。

 連合本隊も急いで、王国貴族を追っていた。

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