第143話 交渉と条件

「こちらも寝ている処を起こされてな。少々暴れてしまったが、そろそろ帰ろうと思っていたのだが。もう召喚の術は失われ、伝わっていないようだな。基本もなっていない雑な方法で召喚されたので、帰れないのだよ」

 召喚された悪魔は、思っていたより理知的ではあった。

 ついうっかり、勢いで国を一つ滅ぼしてしまったが、もう帰りたいと言う。

「では、何らかの方法で貴方を送還しろと?」

 ヴィンセントが貴族のような姿の悪魔に問いかける。

「この体は本体ではないのでな。これを壊してくれれば帰れるのだよ。と、いう訳でな、戦争をしようじゃないか。君らは国へ帰り、戦力を整えて攻めて来なさい」

「は? あ、あの……戦うので?」

 マルコが慌てる。

 誰でも、国を滅ぼすようなのと戦いたくはない。

「雑な召喚で、魔力も残り僅かだしな。我が使うのは、この肉体だけにしてやろう。我の瘴気に釣られて湧き出した低級魔族は知らんが、人間でもなんとかなろう。せっかく来たのでな、ただ殺されて還るというのも、つまらんからな」


 ここで待っていてくれると言うが、選択権のない話だった。断れば他の国へも悪魔が攻めて来るだけだろう。

「分かりました努力してみます。それで召喚ですが、そんな失われた術を何処から持って来たのか、ご存じだったりはしませんか?」

「あぁ、それならアイツだな。お前達が邪神と呼ぶものだな。アイツの信者が伝えたのだろうなぁ。まぁ、ヤツも他の神と呼ばれる奴らもな、正邪はないんだがなぁ」

 もともと神に正邪はない。

 人間の都合で分けているだけだった。

 召喚された悪魔も、邪神、魔神と呼ばれる類なのではなかろうか。

「では、その仮初かりそめの体をどうにか出来れば帰って頂けると?」

「うむ。そういう事だな。見事打ち勝ってみせよ」

 やはり神と呼ばれる存在なのではなかろうか。

 男は今更、元の世界に還りたくなってきていた。


「迷宮を管理しているアレのように、貴方も神とやらなのですか?」

 男が悪魔に質問を投げかけてみる。

「おお、奴を知っているのか。ん~……どうだろうな、そういえば人間は、名前を付けるのが好きだったな。我等には無い文化なので、正直分からんなぁ。あぁ、そういえば昔、もっと北にある別の大陸に行った時は、カエルの悪魔と呼ばれたな。だから悪魔なのではないか?」

 本当に答えてくれるとは、思っていなかった男が少し驚いた。

 割とフランクな悪魔だ。

「カエル……ですか。見た目、カエルっぽかったりはしませんが」

「あの時はな、人間をカエルに変える呪いがマイブームでな。手当たり次第カエルにしていたら、そう呼ばれていたのだよ。ふぁっはっはっは」

 笑いごとではないが、魔神がマイブームとか言い出した。

 マルコもヴィンセントも苦笑いだ。


 蛙のフランク悪魔と再会を約して、帰還の途に就く。

「大変な事になりましたね。勝てそうですか?」

 マルコの問いに、男が不思議そうな顔を向ける。

「もしかして、アレと戦わせる気ですか?」

「えっ、はっ……え? 戦わないんですか?」

「いや、てっきり各国の軍が、相手をするものだと思ってました」

 参加する気のなかった男に、ヴィンセントも呆れ顔だ。

「おいおい。軍もギルドも総出に決まってるだろう。人類が滅びるかどうかの戦いなんだからな。どんだけ暢気なんだアンタ」

「はぁ……武器も壊れたので、うちに帰りたいのですが……」


 湖に辿り着いた一行は、一休みする事にした。

「ここまでくれば、明日には皇国を出られそうですね」

 湖畔で焚火を用意するマルコ。

「結局何も得られずか……だが、邪教徒は放置できないな」

「そうですね。教団の本部は、うちでも調査を進めてはいますが、相手が法国ではなかなか進みませんね」

「あの国はなぁ。厄介なとこに紛れ込んだもんだな」

 そんなマルコとヴィンセントを静かに見つめるウーピー。

 そこへ男とリトが食料を運んで来る。

「ウサギがとれましたよ。あとは魚ですね」

 手の平サイズの真っ白な兎と、マスっぽい大きな魚が獲れた。

 メインはナマズっぽいナニカだ。


 ウサギは皮を剥いて、血抜きをして、ワタを取ってから枝に刺して、マスと一緒に焚火で焼いていく。

 リトがぴょこぴょこしながら、じっと見ている。

 焼ける兎を嬉し気に見つめる兎の獣人。

 見た目の可愛らしさが、より狂気を感じさせる。

 三枚におろして熱湯をかけたナマズを、木の枝を削ったヘラでこそげとる。

 酒(6)と水(4)に、持って来た出汁だしと醤油もどきで鯰を煮る。

 煮えてきたら刻んだ生姜を加え、煮込んでいく。

 おろし金がないので、生姜を擦るのは諦めて刻んだものにした。

 丁寧に、こまめに灰汁あくを取り、その辺で採れた葉っぱも入れてみる。

「なまずのすっぽん煮、完成です」


 たっぷりの酒を入れた煮物を『すっぽん煮』といいます。

 亀のスッポンは入ってませんし、何故そんな名前なのかは諸説ありますが、答えは謎です。真実はいつも諸説! まぁ、美味しければいいんです。

 水を入れず、日本酒だけで煮ると水炊きになります。

 鶏肉を煮たものだったりもしますが、水がないのに『水炊き』になるそうです。

 こちらも美味しいので、どうでもいい事ですね。

 ちなみに筆者は、鍋の具では白瀧しらたきが好きです。

 鍋を囲むと、白瀧だけ食べてます。

 他の具はオマケかダシですね。


 魚とウサギにかぶりつくウサギの獣人。

 人間たちは、煮込んだ鍋を囲む。

「初めての煮物ですが、美味しいですねぇ」

 マルコも『すっぽん煮』が気に入ったようで、はふはふ言いながら食べている。

「……ごめんなさい。こうするしかないの……」

 一人沈んだ表情だったウーピーが、思い詰めたような、泣きそうな顔を上げる。

「気にする事ないさ。皆、同じような命令は受けているんだ。君だけが、評議国だけが特別じゃないよ。誰も、君を恨んだりはしない」

 ヴィンセントが優しく、静かに答える。

「淀みと汚泥よ来たれ……腐敗をもたらす使徒。血よ……腐れ」

 立ち上がったウーピーの足元に、トーテムの様な木像が並んでいる。

 3体の木像アイドルは、記録装置の魔法陣のように呪術を発動し、紫と緑の毒々しい霧が、彼女の足元から広がっていく。

「ごめんなさい。これが私の力。血を腐らせる腐敗の呪い」

 死の呪いが男達を包んでいく。

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