第142話 悪魔

 ウーピーが、やたらと男に擦り寄って来るようになっていた。

 レジーナを失った今、代わりの用心棒を求めているのだろう。

 地元の精霊の声が聞こえる。ただそれだけの呪術師シャーマンだというウーピー。

 彼女の行動は理解できるものではあった。

 何故か男は愛想良くウーピーの相手をして、リトも特に気にしている様子もない。

 マルコは、そこが気に入らない。

 単純に男の好みのタイプなのかもしれないが……


 王国のマルコと男とリト。

 帝国のヴィンセント。

 評議国のウーピー。

 残り5人になった一行は、悪魔を追って皇国東部に来ていた。


 雪原が唐突に終わり、荒野が広がる。

「なんだこりゃ……」

 ヴィンセントが唖然と荒野を見渡す。

「この辺りには町があった筈ですが……」

 マルコの記憶では小さくもない町があったそこは、見渡す限り何もない荒野になっていた。

 雪が降り積もる事のない地域……という訳でもなく、まるで何かで切り取ったかのように、くっきりとした境界があり、雪原から何もない荒野になっていた。

「悪魔の仕業……ですよね?」

 ウーピーは荒野に残った悪魔の力、魔力の残滓ざんしを感じ怯えているようだ。

 何かが爆発でもしたかのような後だが、境目の雪が溶けてもいない。

 不思議な境界だった。


 突然彼らの目の前に、人が現れる。

 リトでも感知できない何処かから、誰も反応できない程一瞬で目の前に現れた。

 その姿を皆が確認する前に、男が反射で動いていた。

 無言で踏み込んだ男の腰から、バスタードソードが引き抜かれ横に振られる。

 その抜き打ちが、まるで擦り抜けたように空を斬る。

 完全に見切り、半歩さがって躱した処へ男の剣が袈裟に振り下ろされる。

 相手は慌てもせず、無造作に素手で振り払うと、男の剣が砕け散った。

 男が飛び退くと、敵の出現だと認知したマルコとヴィンセントも飛び退しさるが、そこへ男の剣を砕いた相手が踏み込み手刀を振る。

「くっ……大丈夫です!」

 腹を斬られたマルコだが、転がり離れると起き上がり叫ぶ。

「うむ……これなら……そうだな。お前達、この国の人間ではないな? 悪魔の様子でもに来たか。どうだ、会話とやらをする気はあるか?」


 高価たかそうなローブ、豪華で豪奢な服に身を包んだ、上級貴族の様な見た目の男。

 真っ白な長髪を後ろで束ね、胸下まで伸びる豊かな顎髭を伸ばした老人は、男達を蹴散らし、対話を求めて来た。

 高位貴族の老人に見えるが、明らかにヒトではない。

 情報を持ち帰るのが任務の男達に、否やはなかった。

 ヴィンセントが会話か対話か、交渉を始める事になった。


「いっ! ……たったっ、くぅ~。見た事はありましたが、沁みる薬ですねぇ」

 リトの消毒に、マルコが悶える。

 腹を斬られたマルコだが、傷は深くなく、中身が出てくる程ではなかった。

 リトが数針縫って、包帯を巻いていく。

 男の傷口を消毒していたのを、見た事があるマルコは、不思議な薬の痛みに悶えながらも、薬だからと耐えていた。

 この世界には当然消毒や殺菌はない。

 知らない人間には、ただ痛いだけという拷問のような行為だった。


 傷口の殺菌消毒が一般に広まったのは19世紀になってからです。

 それ以前にも、ワインで傷口を洗ったり、消毒ともとれる行為の記録などがあったりもしますが、タイムトラベラーだとか未来人だとか言われる人の話です。

 12世紀相当の文明レベルでは、菌も、ウィルスも発見、認知されていないので、殺菌、除菌、消毒もありません。

 どのくらいの文明が必要なのか、例えば消毒に使うアルコールとは何か、ご存知でしょうか。また、それを製造出来るでしょうか。

 炭化水素の水素原子を、ヒドロキシ基と置き換えたフェノール類以外の物質をアルコールといいますが、有名なものだとエタノール、メタノール、イソプロパノール、プロピルアルコール等がありますね。

 消毒用だとエタノールが一般的でしょうか。

 無水エタノールは濃度99.5vol%以上のエタノールで、殺菌前に蒸発してしまうので濃度80vol%程度まで薄めた消毒用エタノールを使います。

 vol%と%は少し違います。何に対しての割合か、の違いですね。

 アルコールは皮膚がただれたり、揮発した気体を吸い込むと、呼吸困難等の     アレルギー反応を起こす人もいるので注意が必要です。

 製造方法は発酵と合成がありますが、男はサトウキビ等の糖質とイモ等のでんぷん質を発酵させた、発酵エタノールを作って使っています。


 ついでにいくつか文明についてのご紹介をさせて戴きます。

 ファンタジーの舞台に良く使われる設定として、中世と呼ばれる時代が1301年~1600年、14世紀~16世紀のヨーロッパ辺りを参考にしたものがあります。

 時代設定は別世界という事で関係なくなりますが、文明レベルとして、あると少しおかしな発達をした世界となりそうな物をいくつか。


 注射器は19~20世紀

 メイドは20世紀イギリス

 飲食店は国にも依りますが、17世紀頃からのようで、日本での外食産業としては戦後からなので、まだ70年も経ってないくらい、最近のものです。

 商店街とする規定、条件は特にありませんが、数十店舗の小売店、飲食店などが近接して立ち並ぶものとすると、ほぼ20世紀前半頃からになるそうです。

 商店が立ち並ぶ街というのは、中世には見掛けられなかったようです。

 ついでに『街』というのは、町の中の道で、街路の事です。

 おまけにTシャツは20世紀。世界大戦中に出来たそうです。


 文明は戦争と性欲に因って発達します。

 その副産物が暮らしに役立っていく事になります。

 エロい事しか考えないで、戦争ばかりしていれば、科学文明は発達します。

 すぐに滅びるでしょうが……。


 人を殺す戦争と、人が産まれる性欲。

 それらで発達、繁栄していく人類。

 気に入らないから、邪魔だから、そんな理由で同族を殺す人類。

 そんな狂った生物から、悪だとされる悪魔とはどんな種族なのでしょうか。

 人は本当に正義なのか。

 善悪にかかわらず生きる男は、正義に生きるのか、人として戦うのか。

 たいした意味もなく、同族を殺せる人類が神の現身うつしみならば。

 神と悪魔、どちらが正しいのでしょうか。

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