第141話 共に……

 仕込み杖に胸を貫かれた魔女が、溶けて崩れる。

 コレッジョは慌てず、杖を立てていのる。

 姿の消えた魔女の呪文が、小屋内に火の粉を舞わせる。

「無駄だ……神に幻術なんぞ効かぬ!」

 杖から溢れる光が、部屋に満ちる。

 光と共に火の粉が消え、魔女アレーナが姿を現す。

「ちっ……相変わらず面倒な力だね」

「今度は逃がさないと言った筈だ」

 魔法と神の奇跡、広くもない小屋の中で戦う二人。

 その顔は、憎しみと怨みに歪む。

 しかし、どこか嬉しそうな悲しそうな、不思議な二人だった。


「あんなの好き勝手に、暴れさせる訳にいかないよ」

 女戦士レジーナは、魔物が暴れる村へ駆けて行く。

「いやぁ……逃げた方がいいと思いますよ?」

 男はやる気無さそうに、レジーナを見送る。

「俺は戦闘向きじゃないんで逃げるぞ」

 ヴィンセントは戦う気はないらしい。

「私も無理です」

 マルコも逃げる方に賛成する。

「手伝えとは言わないさ。そういう集まりだからな」

 レジーナが一人魔獣に挑む。


「マズイ……リト!」

 男が突然リトを呼び、村とは逆に駆け出す。

 当然リトは一瞬の逡巡もなく駆ける。

「え……ど、どうしたんです?」

 分からないながらも、マルコも釣られて走り出す。

 ウーピーとヴィンセントも少し遅れて走り出した。

 村から大分離れてから、男が振り向く。

「おいおい、何があったんだ?」

「分かりません。ただの勘です」

 ヴィンセントの問いに、不思議な答えをする男。

 何か嫌な予感がして、駆けだしただけだった。

「貴方の勘なら、何かありそうですが……」

「勘だけかよ……」

「呼んだのはリトだけですよ?」

 なんでついてきたんだ? とでも言いたげな男だった。


 大人を丸飲みに出来そうな程、巨大に膨れ上がった魔獣が吠える。

「キョオオオオォ!」

 甲高く、妙に不安になる、悲鳴のような叫びが村に響く。

 駆け寄るレジーナの目から、血が溢れ出す。

 耳から、鼻から、口からも、体中から血が噴き出した。

 村人もレジーナも、体中から血を噴きだして倒れていく。

 まるで叫び声を聴いたら即死する、かのように次々と倒れていく。

 全員がほぼ即死だった。

 顔から倒れるレジーナも、痛みを感じる事もなく意識をなくしていた。

 訳も分からず即死したレジーナが、走った勢いで転がっていく。

 村人が死に絶えた村で、魔獣も溶けるように崩れていく。

 力を使い果たしたのか、その巨体はグズグズと崩れ、肉塊になった。


「あっぶな……なんで分かったんだ?」

「勘だと言ったでしょう、危ないところでしたね」

「レジーナ……」

 バタバタと倒れていく村人を見て、マルコ達が胸を撫でおろす。

「なんだ……アレ……エボラか? とにかく離れましょう」

 ウィルスが原因なら、広がってくる可能性もある。

 毒なのかウィルスか、魔術か。

 何故死んだのか分からないのなら、退避しかない。

 ウィルスなら感染して即死はないだろうが、退避がベストだろう。

 流石に倒れた人を助け起こしにいくほど、おかしなメンツではなかった。

 人が倒れているなら、倒れた原因がソコにあるという事。

 すぐに離れるのが、彼等には当たり前だった。


 ひと、くらし、みらいのために 厚生労働省より。

 エボラ出血熱

 これまでにコンゴ民主共和国、スーダン、ウガンダ、ガボン、ギニア、リベリア、

シエラレオネ、マリ、ナイジェリア、コートジボワールで発生しています。

 フィロウィルス科のエボラウィルスが病原体です。

 体液ので感染します。

 空気感染ではありません。

 体液に触れなければ、近付いても感染はしません。

 感染したコウモリなどが、危ないそうです。

 洞窟などに入る時は、気を付けましょう。

 潜伏期間は2~21日、平均一週間程で発症します。

 感染した瞬間に死んだりはしません。

 即死ならば、感染が広がらないで済みますが。

 発症すると吐血下血等の出血、血圧低下から死亡します。

 致死率は高いと90%にもなるそうです。

 治療法はなく、対症療法だけになるそうです。

 危険なウィルスです。

 発生国などの情報は、の発表です。

 上記の国に、何も思う所はありません。

 全て厚生労働省の情報です。


「いやぁ、あの辺りは焼き払った方がいいかもしれませんね」

 暴れる悪魔とは、直接関係ない理由で、滅びた村から立ち去る。

 何かを……誰かを忘れて、男達は山沿いに東へ。

 召喚されたという悪魔の姿を求めて進む。


 残されたコレッジョが、小屋の中で魔女へ杖を振る。

 薙ぎ払うように一閃した刃が、魔女の首を両断した。

 コレッジョの視線が、転がる首に流れる。

 視線を外した一瞬に、血を噴きだす体が、彼の体に抱きついた。

「ふふ……命を代償にした最後の呪いよ。例え神でも……」

 アレーナの死んだ体が、コレッジョと一体化していく。

 二人の体は溶けた様に混ざり合い、向かい合ったまま繋がってしまう。

 溶け合い繋がる二人の心臓。

 お互いの血が、アレーナの首から吹き出していく。


「神でも……もう引き離せないな。アレーナ……今度は離さない」

 杖を手放したコレッジョは、一体化した魔女の体を抱きしめる。

 満足気に微笑んだ、アレーナの目から光が消える。

 転がる首の傍に、倒れるコレッジョ。

 何故か満足そうな顔で、眠るように彼もこの世を離れる。

 恨んでいた仇同士だった二人。

 抱き合い、誰も引き離せない二人。

 誰も居ない森の中で、二人きりの最後を迎えた。

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