第140話 人狼狩り

 村は大騒ぎになっていた。

 人狼が紛れ込んでいるのだから当然だろう。

 ……実際は村人の思い込みだが。

 居もしない人狼を探し、村人同士の争いが始まる。

 この辺りでの人狼とは、狼男とも呼ばれていた。

 狼と呼ばれる人狼は、この地方では当然男だった。


 魔女の元へ向かわず、村に残った男の中に人狼がいると思われた。

 きこりゲオルグは、30代に見えるたくましい男だ。

 村長の息子アレクサンドルは、10代後半くらいの青年だ。

 20代半ばに見える、医師のセルゲイは新婚だった。

 そんな3人が容疑者として、村の広場に集められた。

「魔女の次は人狼か……どいつもこいつも……まったく」

 呆れ顔で村人を見渡すゲオルグ。

 他の2人と違って、一人落ち着いている。


 ゲオルグの腕っぷしの強さは、村人全員が知っている。

 見渡すゲオルグの視線を避け、皆、目を逸らしてしまう。

 彼等は人を超える化物を、狩ろうとしていた筈なのに。

「ぼ、僕は……違う……よ?」

「当たり前だ! アレクは人間に決まってるだろう」

 オドオドするアレクサンドルを、村長が背に庇う。

 村人の殆どは、村長かゲオルグの後ろをついて歩くだけだった。

 その2人を前に、強く出られる村人はいなかった。

 勢いだけで盛り上がった、大人しい村人たち。

 結果、村で唯一の医師、セルゲイに村の悪意が集中する。


「何がしたいんでしょうね、彼等は……」

 木陰の男が呆れていた。

 少し離れた所で、村人のつどいを眺めている一行だった。

「一番弱い立場の人間が、吊るされる事が多いそうですよ」

 マルコも呆れ顔で、そんな村が多いと答える。

 若いからか、医者でも尊敬されたりしていないようだ。

 どうせ、患者は金を貢ぎに来るだけのモノ、だと思っていたのだろう。

 医者は数人を除き、そんなのばかりだった。

 やはりどんな世界でも、奴らはそうなのだろう。

「庇ってる女性もいるみたいだね」

 ヴィンセントの言葉に広場を見ると、女性が一人囲みの中に居た。


 村人に囲まれたセルゲイの元へ、彼の妻が飛び出していた。

 必死に村人に訴えかけるが、もう彼等も引き返せない。

 誰かを吊るし上げなければ、収まりがつかない状態だった。

 そして、止める者はいない。

「人狼は生かしておけないんだ」

「アナタの子が熱を出した時、ウチの人が治したじゃない!」

「うっ……」

 女性をどかそうとした男性が、反論に怯む。

「その時は人だったんだろ。今は違うんだよ」

 別の男が、女性に怒鳴る。

「アナタの怪我だって、治したのはセルゲイでしょ!」


 村に一人しかいない医師セルゲイ。

 村の誰もが、何かしら世話になっていた。

「そいつは、もう人じゃないんだ。犠牲者が出てからじゃ遅いぞ」

 村長が、強く村人を扇動する。

 複雑な表情の村人達が、かまおのなたを手にセルゲイに迫る。

 その目には、恐怖と狂気が宿っていた。


「アレはもう駄目だね。あの男を殺すしかなくなってる」

 女戦士レジーナが、村人を包む狂気を感じ取る。

 若者を囲んだ村人が、仕方がないと腕を振り下ろす。

 鎌が皮膚を裂き、斧が骨を砕き、鉈が肉に食い込む。

 喉を鎌が裂き、顔に斧が刺さり、はらわたを鉈が千切る。

 妻が必死にしがみつき、泣き叫ぶ中、無残な姿となるセルゲイ。

「許さない……オマエラ……こんな村……滅べばいいんだ」

 血の涙を流す、女の怨嗟が、村を呪う想いが瘴気を呼ぶ。

 強大な悪魔が呼び出され、魔族が跋扈ばっこする皇国。

 瘴気に包まれた村で、その怨みは人を魔へとす。


「こんな所にいたのかアレーナ」

 魔女の小屋へ入った、僧兵コレッジョの一言。

 一瞬、驚きに開いた口を閉じ、魔女の口の端が、僅かに上がる。

「法国の僧兵が、こんな所まで来るなんてね」

「今度は逃がさんぞ」

 白い杖の飾りからやいばが飛び出す。

 細身の槍となった仕込み杖が、スッと魔女の胸に突き出される。

 長い刃が、魔女の胸を貫いた。

 魔女は妖しくわらっていた。

「まだ根に持ってたなんて、案外しつこいのね」

「我が友の無念、我が妻の怨みを晴らす時だ、覚悟しろ」


 村では魔に堕ちた女の体が、異様な姿へと変貌していった。

 人をすてた村人への復讐に、人をすてた女の体が膨らむ。

 服は千切れ、皮が裂け、肥大した体は四つ足の爬虫類の様に変わっていく。

「あれは拙いかもしれませんねぇ」

 面倒くさそうに男が少しさがる。

 男の記憶にある中では、カメレオンが近いだろうか。

 舌は長くは無く、口の中は鋭い牙が並んでいる。

 そんな爬虫類のような姿へと変貌していた。

 裂けた皮膚から、赤黒い肉の見える、異様な姿へと変わっていた。

 目の前で夫を無残に殺され、人を捨てた女が、村人に襲い掛かる。

「ひっ……ひぃぃ!」

「ま、魔女が……魔女が……」

「アイツは人狼だったんだ……俺は悪くない」

 恐怖に引き攣り動けないまま、村人が引き裂かれていく。

 抵抗も出来ずに噛み千切られ、女子供も逃げられず喰われていく。

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