第138話 雪原の悪魔
体を洗ったリトを連れ、男は熱い湯に浸かる。
「はぁ~……くぅ~、たまらんなぁ」
「うぃ~」
湯の熱が、冷え切った体に染み渡る。
冷たくなっていた指先がジンジンと疼く。
隣のリトも、蕩けそうな顔で浮いている。
振り出した雪が、ひらひらと落ちて来る。
湯気に溶かされた雪が、岩を垂れて、集まり流れていく。
「贅沢だなぁ、雪を見ながら温泉なんてなぁ」
「うぃ~」
リトの小さなウサギ耳も、だらしなく垂れていた。
皇国の生き残りを、尋問して始末した後、温泉に浸かっていた。
皇都から離れた村の露天風呂で、男はゆったりしていた。
「いつも嫌な役ばかりで、申し訳ありません」
マルコとヴィンセントが風呂へ入ってくる。
「気に入らなかったので、片付けただけですよ」
すまなそうにするマルコに、男は気にするなと笑う。
ヴィンセントも湯に入り、助かったと寄ってくる。
「どの国でも同じ様な命令は出てたろうな」
ヴィンセントの言葉に、頷くマルコ。
「皇国の生き残り、特に皇女は生かしておけません」
小国とはいえ、国を滅ぼす程の力。
その秘密を知る者、関係者を生かしておく気はなかった。
どの国も皇女一族と高官の暗殺を命じていた。
皇国は大国に囲まれた小国です。
雪深く、大した産業もない国です。
鉱山があるだけで、軍も弱く、食料も少ない国でした。
攻められなかったのは、攻めとるメリットが少ないからでした。
鉱山の作業は危険なものです。
皇国で採掘させ、食料等と交換する方が安全で楽でした。
そんな立場を変えようと、皇女は起死回生の一手を打ちます。
旅の魔術師を名乗る、怪しい男の口車に乗りました。
城で召喚の儀式を行います。
他国を圧倒するちからを手にする為に。
「悪魔は城から現れたそうですから、皇女も係わっているでしょうね」
今回の事件は皇女が原因だと、マルコは考えているようだ。
「東に飛んで行ったらしいが、どんな奴なのか見に行かないとな」
ヴィンセントも異論はないようだ。
国に報告する為、悪魔の姿だけでも確認したいという。
「様子を見て、後は軍隊の出番でしょうかねぇ」
温泉で温まった男は、もう帰りたそうだ。
「ヴィンセン。こっち見ると目を潰す」
男とヴィンセントの間に入ったリトが、見るなと怒っている。
「なんでトだけ略すのかな。そういえばお嬢ちゃんはレディだったな」
裸のレディが居たのを忘れていたヴィンセントが謝った。
「マスターの裸を見ていいのはリトだけ」
「そっち? マルコさんはいいのかい?」
「こどもには、まだ早い。マルコはもう、大人」
マスターの裸体は、年齢制限があるようだ。
男は風呂を出ると、いつもの恰好に厚手の上着を着る。
革の手袋をして、フード付きマントを羽織る。
モコモコして暖かい毛皮のマントだ。
支度を整えていると、コレッジョが困り顔でやってくる。
「面倒が起きた。あの子らは、始末しておくべきだったな」
「おや、何かやらかしましたか?」
「悪魔を退治すると言って、東へ向け出て行った」
「そうですか」
落ち着いている男に、マルコが訪ねる。
「追わなくても大丈夫ですか? 彼等も自由にさせる訳にはいきませんが」
「大丈夫でしょう。国を滅ぼす程の悪魔相手に、何も出来ないでしょう」
「あぁ、露払いの捨て駒にしようと……まぁ、反対はしませんが」
ロシュ達に先行させ、楽して悪魔を追う事に決まった。
レジーナとウーピーも反対せず、一緒に東へ向かう。
思惑通りにはいかず、すぐにロシュ達に追いついた。
「運がいいのか、悪いのか」
雪原に立つ大きな悪魔を、ロシュ達が囲んでいた。
大きな水牛の様な
筋肉質な人間に近い上半身。
腕から背中は短く硬そうな毛に覆われていた。
牛の様な下半身で、太い足には大きな
毛も肌も全身が赤黒い悪魔が、真っ白な雪原にいた。
2m以上はある巨体で、異様に素早く動く。
ロシュの膝近くまで積もった雪が、彼等の動きを制限する。
それでも巧く連携をとって、戦ってはいるようだ。
「動きは悪くなさそうですね。しかし相手が悪すぎますか」
少し離れた高台から、悪魔との戦闘を見下ろしていた。
マルコが少年達の分が悪そうだと呟く。
「場所が悪すぎる。あれでは雪に足をとられて、動けない」
レジーナも勝ち目は無さそうだと、諦めて見下ろしている。
流石に誰一人、助けに行こうと無駄な事は、口にしたりしない。
探している悪魔では無さそうだが、相手の力を見る方が大事だった。
死に損なった者がいれば、後でトドメを刺してやるつもりではいた。
「神の奇跡って奴で、どうにかならないものですか?」
寒いから帰りたい男が、コレッジョに訊ねる。
「そんな都合の良い奇跡は、大聖女様でもなければ無理だな」
「大聖女様はそこまで、神の力を使えるのですか」
マルコが便乗して情報を抜こうとする。
「大聖女様は神に愛され、護られているからな」
コレッジョの力は、低級のアンデッド数体を浄化できるくらいだ。
男は奇跡と聞いて黒髪の女性を思い出していた。
以前会ったロレーナの奇跡は凄かった。
「
男が、ついでにウーピーにも訪ねてみる。
「村の古い精霊の声が聴けるだけですね。何も出来ませんよ」
何しについて来たのだろうか。
そんな、少しのんびりした一行の下で、少年達が戦っていた。
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