第137話 皇女

「皆で協力して皇国を救いに来たんじゃないんですか?」

 廃墟でロシュが叫ぶ。

 面倒な子供だ。

 各国の代表が集まっているのに、協力なんてあり得ないだろうに。

 互いの監視と排除が、目的に決まっているだろうに。

「ギルドにも通達してある筈ですが? 勝手に来たのですか?」

 勝手に動かないように、ギルドも止めるように通達してある筈だ。

 珍しくマルコもイラついているようだ。

「皇国が大変だって聞いて……つい……」

 ロシュは、いたずらが見つかった子供のように俯く。


 レジーナが剣を抜いて前に出る。

「始末するしかないだろう。秘密は漏らせない」

「え? えっ……ええっ!」

「ちょっ! 待てって!」

 頭を使わないロシュもモーリスも、焦って軽くパニックになる。

 この国で見たものは、全て秘匿情報だ。

 見た者を生かしておく事は出来ない。

 勿論、調査団も、互いを国へ帰らせる気はない。

 そこへ新たな第三者の声。

「救援の方々ですか? 待っていましたよ」

 新勢力登場で、さらに面倒な事になってきた。


 皇城近くの秘密の地下施設。

 その一室に案内される。

 声を掛けてきたのは、皇国の生き残りだった。

 皇女に使える近侍の男だった。

 陛下は生き残り、逃げ延びていた。

 皇女が生きていては、騒ぎを鎮めても国を好き勝手に出来ない。

 面倒な事だ。

 おもてには出さないが、皆、同じような事を考えているようだ。

 ロシュ達だけは、素直に喜んでいるようだが。


「皇女陛下への謁見が叶います」

 国が滅んでいるのに、何を言っているのか。

 地下施設に造られた、謁見の間。

 僅かな近衛が護る広間に、一行が案内される。

「よくぞ辿り着いた。待っておったぞ」

 無駄に豪華な赤い椅子。

 真っ白なドレスに身を包み、小振りな王冠を乗せた女性。

 整ってはいるが、キツイ印象のおばちゃんがいた。


「陛下が御無事で何よりでございます」

 帝国軍人ヴィンセントが膝を着き、目線を陛下の足元へ下げる。

「王国も協力は惜しみません」

 マルコは両膝を着き、姿勢を低く床を見つめる。

「評議国も、復興には手を貸そう」

 女戦士レジーナが、剣を鞘ごと右手に持ち替える。

 呪術師のウーピーは静かに、レジーナの後ろに控える。

「法国も長く続く隣人でございます。助け合うのは当然です」

 法国の坊主コレッジョも膝を着く。

 後ろの方で、ロシュ達も片膝を着いて、大人しく頭を下げている。

「頼もしく思うぞ」

 皇女が答えるが、男とリトが気になるようだ。


 男は珍しく迷っていた。

 皇国の国民ではないし、復興させる義理もない。

 マルコ達も内心は舌打ちをしているだろう。

 どの国にとっても、このおばちゃんは邪魔なだけだ。

「そこの戦士と獣人。どこの者だ? 陛下の御前である」

 脇にいた侍従だろうか、男の態度に御立腹のようだ。

「うん。そうだなぁ……どうするか。お前の国の民じゃないんだよ」

 男が面倒くさそうに口を開く。


「ま、待って下さい! その方は王国の客人なのです」

 マルコが慌てて、叫ぶように口を挟む。

 当然だが、男を心配しての言葉ではない。

 まぁ、男の行動は心配しているが。

「まぁ、よい。さっさと悪魔を退治してまいれ」

 おばちゃんが、男を睨みつけながら、吐き捨てる様に命じる。

 マルコが泣きそうな顔で、ワタワタしている。

「先ずは情報だ。召喚と悪魔の詳細を話せ」

「無礼者! 陛下のお言葉にそのような……」

 男の無礼な振舞いに、御付きの中年男が声を荒げる。

 しかし言葉の途中で、声は出せなくなり、崩れるように倒れる。


 握りこぶしから人差し指だけ、曲げたまま起こす。

 そこへ親指を添える。

 男の鶴嘴かくしが、無礼男の喉に突き刺さった。

 深く埋まった指が喉を潰し、一撃でその意識を奪う。

「貴様、なんのつもりだ!」

 4人しかいない近衛兵が剣を抜く。

「王国の客だろうと、無礼は許さぬぞ」

 おばちゃんが無駄に叫ぶ。

「ほぉ。許さない……ね。何が出来るのかやって見せて貰おうか」


「はぁ~、もう無理かなぁ」

「ははは……止められないだろうなぁ」

「我等、評議国は中立とさせて貰う」

「まぁ、彼の所為に出来るのならば……」

 マルコもヴィンセントも、止めるのは諦めてしまう。

 自分の力では、止められないのを知っていたから。

 レジーナとウーピーは扉近くにさがる。

 コレッジョは、少し本音が漏れてしまう。

「え? えっ?」

 ロシュ達は、事態が理解できず、動けない。

「加減は出来ないが、文句があるならかかってこい」

 いつもの丁寧な言葉は、欠片も出ない男が兵を煽る。


「悪魔よりも、お前を倒す方が楽だろう。少しは考えて喋れよ?」

 剣を抜いた近衛兵4人を、素手で倒した男が皇女に歩み寄る。

 悪魔に抵抗も出来ず、廃墟と化した国の、王族の命令に力もない。

 悪魔よりも確実に弱い、皇女を相手にする方が楽なのは間違いない。

 何故か未だに、自分の命令に誰もが従うと、女は思い込んでいた。

「あの~……一応、その人も王族なんですが……」

 壁際まで避難していたマルコが、躊躇いがちに声を掛ける。

「居ない方が皆、都合がいいでしょう? 死んでいた事にすればいい」

 生き残っていた事を、無かった事にしようと、男が提案する。


 各国の代表は、誰もそれを否定せず、止められない。

「な、何を言ってるんですか。皇女様ですよ?」

 膝を着いたままのロシュが、マルコ達を見る。

 ロシュに目を合わせる者はいなかった。

 皆黙って、目を逸らせる。

「何を言っておる……その方ら、この男を処分せよ。これ、こにょぶっ!」

 おばちゃんの顔に男の足刀が沈む。

 豪華な椅子ごと、後ろの壁まで飛んでいった。

「顔のないおばちゃんになりました」

 誰も、声も出ない。

 ニヤリとわらうコレッジョ。

 皆、面に出さないだけで、コレッジョと同じ様に嗤っていた。

 侍従一人を連れ出し、情報を聞き出す事になった。


 ヒロインが止めに入ったりする、そんな場面な気もするが。

 生憎とリトは国同士の都合も、おばちゃんにも興味はなかった。

「吹雪になると、おにく獲れなくなるかなぁ」

 気になるのは晩飯の肉だけのようだ。

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